Vol.2 No.2 2009
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研究論文:セラミックス製造の省エネプロセスの確立を目指して(渡利ほか)−142−Synthesiology Vol.2 No.2(2009)て成功した。これを受けて我々は、無機バインダーによる可塑性発現メカニズムを以下のようなものと考えた。すわなち、無機バインダーに随伴する水の表面張力によってセラミックス粒子同士は緩やかな結合力を得るため、保形性が確保される。一方で、水膜がベアリングのように作用し、セラミックス粒子と無機バインダーの表面間に潤滑性が生じ、流動性が付与される。表面張力の作用は容易に理解されるが、潤滑性発現には実験的検証が必要である。そこで我々は、セラミックス粒子と無機バインダーの物質表面間に働く相互作用力を実測することを目指し、原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope: AFM)を用いた表面間相互作用力の計測技術をグループ内に確立した。AFMは、試料とプローブの間の狭い領域に生ずる相互作用力をカンチレバー(力検出のための板ばね)の変位として検知する。元来は試料表面のモルフォロジー情報を得るための「顕微鏡」として用いるが、カンチレバー先端に所望の粒子を固定してプローブとすることで(コロイド・プローブ法)、粒子試料と平板試料の間の相互作用力を実際に計測することが可能である(図6)。この時、カンチレバーのたわみから平板試料に対して垂直方向の力(引力・斥力)を、カンチレバーのねじれから平板試料に対して平行な方向(横方向)の力を見積もることができる。我々は、無機バインダーとなる水硬性アルミナ粒子をカンチレバー先端に固定し、セラミックス粒子のモデル物質としてのアルミナ単結晶基板との相互作用力を測定した。無機バインダーがセラミックス表面との間に及ぼす相互作用力を評価することは、初めての試みであった。測定の結果、無機バインダー粒子とアルミナ基板との間に、一般的な静電的相互作用やvan der Waals力で説明できない斥力が計測された。これは水和斥力と呼ばれる相互作用力であると結論づけられた。高い親水性を有する物質が水中に置かれると、その表面上に水分子が水素結合により拘束・構造化された薄い層(水和層)が形成される。ここに別の表面が接近した時に生じる斥力が水和斥力である。また、表面間に水和斥力が観測された状態では、水和斥力が生じない(水和層がない)状態に比べて「滑り」やすい状態にあることが、横方向の相互作用力の計測から分かった[14]。無機バインダー開発において仮定された水膜は、水和斥力の原因となる水和層として、その存在が確かめられた。また、水和層の存在が無機バインダーとセラミックス粒子間の潤滑性を高めるため、それにより流動性が発現することが示唆された。6 考察我々の研究の流れを図7にまとめた。これまで省エネプロセスの実現のための要素技術を我々も含めた多数の研究者が取り組み、数多くの知見を生み出してきた。これは第1種基礎研究に相当するもので、代表的な要素技術を図7左に示した。しかしながら、開発した要素技術の多くは既存製造プロセスとの連携性の不備、コストの増加等により「死の谷」に陥っている。本研究では、製造現場で使用されることを前提に条件の絞り込みを最初に進めた。その結果、「死の谷」に陥る技術的および経済的な問題が明確にされた。これらの問題を解決する研究開発は第2種基礎研究に相当する。低温焼結技術の開発は材料プロセス研究では魅力的な研究分野である。低温焼結化には数多くのアプローチがあり、さまざまな方法での組み合わせにより、有効な省エネプロセスが構築できると考えた。しかしながら、低温焼結化の要素技術はいずれもセラミックスに対して大きな物質移動を伴うものであり、既存製造プロセスの条件を大きく変更させるものである。一方、開発したバインダー技術は(1)原料粉末の特性を大きく変質させない、(2)セラミックスに対して大きな物質移動を伴わない特徴を持つ。これにより、既存の製造プロセスの大きな変更を伴わず、省エネプロセスの構築ができると考え、研究課題の設定が明確になった。この研究の位置づけを考えた場合、研究テーマの見極めに相当すると考えられる。ただし、この見極めは 「複雑さの中の単純さ」を見いだすものであり、長年培った知識と経験の上に成り立っている。バインダー機能は原料粉末、溶媒およびバインダーの種類や量により著しく変化するため系統的な研究報告は極め引力を検知アルミナ単結晶基板平板試料平板試料平板試料平板試料滑りやすい滑りにくいカンチレバーのねじれ : 大カンチレバーのねじれ : 小無機バインダ粒子斥力を検知カンチレバー図6 表面間相互作用力の計測技術

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