Vol.2 No.2 2009
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研究論文:部材の軽量化による輸送機器の省エネ化(坂本ほか)−129−Synthesiology Vol.2 No.2(2009)全体組織及び高倍率の拡大組織である。このような酸化物の組織は、酸化物のでき方から理解することができる。純マグネシウムは融点温度において、金属に対する生成酸化物の体積の比(Pilling-Bedworth ratio)が1よりはるかに小さく、したがって生成した酸化物が溶湯表面を完全に覆いつくすような保護被膜にはなり得ない。このことがカルシウムを含まない合金にできる酸化被膜が多孔質組織を呈する原因と考えられる。これに対して、カルシウムを含んだ合金の酸化物表面の様子を図3の走査型電子顕微鏡に示す。図で(a)、(b)はそれぞれ低倍率の全体組織及び高倍率の拡大組織である。カルシウムを含んだ合金では、溶融状態で大気中に1時間保持して十分に表面を酸化させた場合でも、できた被膜は厚く成長することがなく、表面の組織は極めて緻密である。カルシウムを含むマグネシウム合金にできる酸化被膜は、カルシウムを含まない場合とは著しく異なる様相を示す。この結果は、カルシウムを含む合金が溶融状態にある時は、その表面に緻密な酸化被膜が形成し、これが酸化に対して極めて有効な保護被膜として働いていることを示している。純マグネシウムとマグネシウム-カルシウム系合金におけるこのような表面組織の著しい相違は、酸化被膜の構成相や形成機構に違いがあることを示唆している。酸化被膜をさらに詳細に調べると、カルシウムを含む合金の表面酸化物ではその最表層が主として酸化カルシウムからなることが明らかとなっており[1]、この酸化物が緻密な組織であることが、大気からの酸素供給や溶湯表面からのマグネシウムの蒸発を防ぐ効果的な障壁となり、その保護作用により発火温度が上昇するものと考えられる。なぜカルシウムを含んだ合金だけにこのような緻密な酸化被膜ができるのかということは、非常に重要で興味深い問題ではあるが、この形成機構に関しては実はいまだによくわかってはいない。カルシウムはマグネシウムよりさらに活性であり、カルシウム単体ではマグネシウム単体(あるいはカルシウムを含まないマグネシウム合金)と同様に緻密な表面酸化被膜が形成されない。明らかなことは、マグネシウムとカルシウムが共存するということが極めて重要な意味を持つのであろうということである。カルシウムとマグネシウムが共存状態で酸化が起こると、さまざまな相互作用が起こると考えられる。カルシウムが融点近傍の温度域でマグネシウムの酸化物の還元を期待できる数少ない元素の1つであることから、酸化カルシウムからなる酸化被膜最表層の形成は、マグネシウムに対するカルシウムの優先的酸化に加えて、カルシウムによる酸化マグネシウムの還元と酸化カルシウムの生成も関与する複雑な過程であると考えられる。カルシウムの効果の発見後、さまざまな元素による同様の効果の探索は徒労に終わり、カルシウムのように劇的な発火抑制効果を示す添加元素は発見されなかった。現在のところ、カルシウムに勝る難燃化元素はないのである。それは、上記のメカニズムから考えて、酸化物形成自由エネルギーがマグネシウムより低い元素はカルシウムのみであることから妥当な結論であると考えられる。3 必要とされる個々の要素技術課題の解決実用化のためには、個々の要素技術課題を適切に設定し、着実に解決してゆくことが必須である。しかし、ことは言うほど簡単ではない。その時々に直面する課題について行き当たりばったりに対応するならば、ゴールにたどり着くまでには極めて長い時間がかかるであろう。新しい材料を世に出すためには明確なシナリオが必要である。難燃性マグネシウムの開発においては、上記の①新素材の発見に引き続き、②素材を材料に持ち上げる精製技術の開発、③部材化技術(成形加工技術)、④信頼性評価、および⑤製品化の各段階での技術的なブレークスルーが必要であった。前章で述べたようなメカニズムにより、カルシウム含有合金は大気中でも安全に溶解・鋳造ができるので、マグネシウムのベース合金として製造プロセスを安全でシンプルなものにすることができる。シンプルであるということは工業的な観点からは重要なことである。しかし、ここで何よりも重要なことは、そもそもマグネシウムを基幹材料として実用化する根本の動機は、マグネシウムがもたらすであろう低環境負荷社会の実現である。したがって、全ての各要素技術はこの指導原理に基づいてなされなければ意味がないということである。以下に、その概要を紹介する。3.1 クリーンな溶湯精製技術図3 Mg-5Ca 2元合金の酸化物被膜の表面組織(a)(b)
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