Vol.2 No.2 2009
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研究論文:遺跡が語る巨大地震の過去と未来(寒川)−97−Synthesiology Vol.2 No.2(2009)野北部に居住する多くの市民に不安が広がっていた。しかし、京阪神・淡路全域の多くの遺跡から1596年の慶長伏見地震の痕跡が見つかっており(図6参照)、この資料に基づけば、懸念される活断層が399年前の地震で活動していたことになる。さらに、1995年度に地質調査所が実施した活断層のトレンチ調査によって、有馬―高槻断層帯(図6のAFZ)など、大阪平野北縁から淡路島東岸にかけての多くの断層が慶長伏見地震で活動していたことが明らかになった[19]。有馬―高槻断層帯のもう一つ前の活動が3千年前頃というトレンチ調査の結果[19]も合わせて、「兵庫県南部地震に続いて、京阪神地域を壊滅させるほどの大型地震が発生する」という懸念は解消されることになった。一方では、阪神・淡路大震災によって、寺院や神社の建物が倒壊して仏像などの文化財が被害を蒙り、展示していた考古学の遺物の多くが破損したため、歴史学や考古学の分野でも、文化財に関する地震対策や地震後の救援活動の必要性が叫ばれるようになった。被害の著しかった阪神・淡路地域では迅速な震災復興が必要となったが、この事業に伴う建設工事が埋蔵文化財の破壊を伴うため、遺跡の発掘調査件数が一気に増加した。緊急の処置として、全国の自治体に所属する多くの考古学者が、発掘調査支援のために兵庫県下に派遣されることになり、地元の考古学者たちと共同で遺跡調査を担当することになった[20]。各地から被災現場に派遣された考古学者たちは、この震災での被害を詳しく知り、地震に関する基礎的な知識を学んだ。さらに、阪神・淡路地域の遺跡を発掘する過程で、慶長伏見地震の痕跡が数多く発見されたので[21]、これまで地震痕跡に接することの無かった人たちも基礎的な調査方法を習得することになった。このような地震痕跡に対する関心の高まりを受けて、全国の考古学者が分担して地震痕跡のカタログ「発掘された地震痕跡」を編集・刊行した [22]。さらに、季刊 「古代学研究」は毎号で地震痕跡を特集する企画を開始して現在も継続している[17][23]。前述の50万分の1全国活構造図シリーズについては、阪神・淡路大震災で注目された「京都」地域が全面的に改定されて第2版が刊行された。この中の 「古地震データ図」には、慶長伏見地震や、南海トラフからの巨大地震の痕跡などが、対応する地震がわかるように色分けして表示されている[24]。7 今世紀の地震に向けて兵庫県南部地震の直後、被災地で多くの人たちと接したが、ほとんどの市民が「関西には地震が無い」と思っていたことは大きな衝撃だった。現実には、この地域には活断層が多く、約400年前の慶長伏見地震でも甚大な被害を蒙っている。同時に、研究者レベルで持ち合わせている地震の知識が広く市民に伝わっていたら、被害も軽減されたであろうという思いを強くした。南海トラフからの巨大地震について、文字記録に地震痕跡の資料を加えて作成した年表(図5)によると、21世紀、それも中頃までに南海地震・東海(東南海)地震が発生することがほぼ確実となる。さらに、これらの巨大地震が、同時、あるいは、連続して発生する可能性が高いと考えられる。これに加えて、南海地震などが発生する数10年前から地震の多くなる時期(活動期)が存在し、兵庫県南部地震以後、この時期に入ったと言われている[25]。このように、今世紀に入って、地震に対する対策が、ますます重要視されており、研究・行政諸機関もこれに取り組んでいる。このような流れの中で、一般市民への普及活動に遺跡の地震痕跡を活用することが特に有効であると思われる。一例として、奈良県南部の飛鳥にある高松塚古墳を挙げる。この古墳の石室で1972年に発見された極彩色の飛鳥美人の壁画は考古学ブームの火付け役となった。最近の調査で、高松塚古墳の墳丘には地割れが多く刻まれ、石室にも亀裂が及んでいることがわかった[26]。原因は、南海トラフから繰り返し発生した巨大地震である。2006年になって、壁画の劣化を防ぐ目的で石室が解体され、この作業に伴う発掘調査の成果が、連日、新聞・テレビで報道された。これに合わせて、高松塚古墳を傷つけた地震痕跡の報道も行われ、多くの市民が「南海トラフの巨大地震が近づいており、飛鳥は言うまでもなく、広い範囲が大きな揺れに見舞われる」という知識を得た。一般市民は地震のメカニズムなどについて難解というイメージを抱いている。しかし、遺跡に現れた地震痕跡を見ることによって、自分が住んでいる地域で過去に大地震が存在し、このような地変が刻まれたという事実を容易に理解できる。考古学の遺跡発掘調査が行われると市民に対する現地見学会が実施され、多いときには数万人規模の人たちが訪れる。地震考古学の提唱以来、地震痕跡も見学の対象になり、その都度、報道されているので啓発としての効果は大きい。筆者は講演・イベントなどで、一般市民を対象にして地震の話をする機会が多い。この時に、遺跡や歴史と関連づけることが、地震に対する関心が低かった人たちへの啓蒙を容易にしている。最近では、小学校などの生徒を対象にして地震の授業を行う機会も増えたが、親しみやすい遺跡の地震痕跡などを教材に用いることが学習効果を高めている。

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