Vol.2 No.1 2009
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研究論文:大規模データからの日常生活行動予測モデリング(本村)−5−Synthesiology Vol.2 No.1(2009)ある。さらに確率モデルを用いることによって、従来の心理学が普遍的な人間のモデルを扱おうとするために捨象していた分散としての要素、例えば個々に存在する個人の特性なども含めてモデル化することも可能になる。これは最近の人間中心設計やユーザビリティに配慮した情報処理において必要とされる個人適応、パーソナライゼーションを実現するためにも重要な観点である。確率モデルとしてベイジアンネットを用いた様々なユーザのモデル化が行われている[6]。とくに人間の認知・評価構造をベイジアンネットとしてモデル化するために、臨床心理学やマーケティングで用いられているインタビュー法が適用されている[7]。これによりシステムやサービスのユーザをモデル化し、確率推論を実行することで、嗜好性や意図を推定することが可能になる。具体的な例を7節で紹介する。5 日常生活行動のモデリング不確実性に関するコンピューティングの実際の例として、前節ではユーザのモデル化という観点で見てきたが、様々な実サービスとして日常生活支援[8]に目を向けてみると、ユーザとしての日常生活者のモデル化が重要になる。これまでにセンサを家の中に埋め込み、日常生活行動を分析するためにセンサハウスの研究開発も進められてきている[9]。これまで計測されたデータの中にあるパターンを定常分布としてモデル化することで、外れ値を検出することで異常を判定するような応用はいくつか提案されているが、さらに応用を広げるためには、定常分布のモデル化だけでは不十分であり、ユーザの意図に応じて、効用や価値の最大化などを考える必要がある。つまり、直接観測できないユーザの意図や価値感や評価を、観測可能な行動から予測するための高次の推論が必要になる。そのためには、ある状況と行動に応じて結果がどうなるかという依存関係、因果関係をモデル化することが必要で、そのために行動のみならず原因となる変数も含めた包括的な観測データを収集し、得られた大量の変数間の関係から因果構造を探索することが必要である。これはセンサ技術とモデリング技術が切り開く新たな行動分析学と見なせる。行動分析学[10]は1900年代半ばにスキナーにより心理学における行動科学アプローチの一つの研究分野として確立され、その後は教育や臨床の場などで多大な貢献を示し、例えば障害児に対する高い教育効果を上げていることなどが知られている。そこでは人間の行動は先行条件と行動随伴性とよぶ、行動の結果として期待される環境の変化との三項関係より規定されるものと考える。そしてある特定の行動に注目した時の先行条件と行動随伴性の間の因果関係を明らかにし、これを明示的にモデル化すること、その上で行動随伴性や先行条件を変化させることで行動の制御(行動変容)を実現するものである。行動の因果を発見するために行動を観測したビデオ映像を解釈しラベル付けするような手段が必要となるが、これを人手で行う場合には手間と時間が膨大にかかることから、日常生活環境における自然な行動を効率良く分析することが難しい。また人手による解釈では、行動の制御変数として少数のものしか分析対象にできないため、日常生活行動の分析のためには自動的に大量の観測データを取り扱う技術が必要である。そこで環境に埋め込んだセンサネットワークにより行動を自動的に観測し、これと統計的学習手法を活用することが考えられる。収集した大量のセンサデータからの統計的学習によりベイジアンネットモデルを構築することによって、行動随伴性の候補となる行動の理由・目的や、先行条件となる環境、状況の中での必然性などと結びつけることが可能になる。このようにして、日常生活行動を包括的に観測できるセンサ技術とそこで観測される大量データの中から因果的関係の強い変数を抽出するモデル構築技術の貢献が行動分析学を大きく発展させるという期待がある。これまでにベイジアンネットと超音波センサネットワークを用いた行動モデリングによる日常生活行動分析[11]や、子供の傷害予防への応用[12][13]などの研究が進められている。以下では子供の行動推定の例[14]を紹介する。部屋の中の人や物体に超音波発信機をつけることで超音波受信機を埋め込んだセンサルーム内の人や物体の各時刻における位置情報をx、y、zの座標データとして取得できる。また同時に部屋の天井部分に設置した魚眼カメラにより、部屋の中で人が行動する様子を動画として撮影する。この撮影された部屋の中の人の行動に対する動画像を1秒ごとに人手でラベル付けを行う。例えば対象となる人が歩いている、座っている、立っているといった行動ラベルが部分的に付与されたデータベースを収集した。このデータを利用して、日常生活行動のモデル化と、それを用いた画像からの行動推定実験を行う。行動をセンサや画像によってシステムが観測するものとして問題を考えると、これは一種のパターン識別の問題として定式化することもできる。実世界の日常において生成されるデータは人間の生活行動や生活環境を背景にしているのであるから、データが発生する状態空間や頻度の偏りなどの性質は当然人間にとって解釈される意味が強く反映したものになっている。このようなデータが生成される空間に特有な制約や発生頻度の偏りを確率分布として扱うことができる。物理法則のようにその世界で成り立っている因果
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