Vol.2 No.1 2009
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研究論文:蒸留プロセスのイノベーション(中岩ほか)−56−Synthesiology Vol.2 No.1(2009)く改善されているため省エネ性能で有利となっている。分離仕様の条件にもよるが、Petlyuk塔やVRCに対して20 %以上の省エネ化が期待できる。 HIDiCの基本的な概念は、1970年代に米国ノースウェスタン大学のRichard Mah教授により空気分離等の深冷蒸留分離を対象として発表された[15]。Mah教授はこのシステムをSRV(Secondary Reflux and Vaporization)蒸留と呼んでいる(図7参照)。ただし、この論文中では理論的な可能性のみが示されただけである。論文中では空気分離のような低温で沸点差の小さな系で省エネになることを示しているが、実現性についてはほとんど考慮されていなかった。Mah教授自身、もともと実現可能性は低いと考えていたようである。実際、このアイデアについての特許は出願されておらず、したがってHIDiC技術については初めから基本特許と呼べるものが存在していない。Mah教授はもともと蒸留分離の専門家ではなく、グラフ理論の応用によるプロセスフローの最適化などの研究を行っていた。そして1970年代中ごろの第1次オイルショック後に、化学プラントの中で最もエネルギー多消費である蒸留プロセスに着目し、本格的に省エネルギーに関する研究を開始したと推察される。当時、蒸留塔は断熱材などで塔本体を包み、塔頂や塔底以外の部分での熱の出入りを極力小さくすることが工学的な常識であり(現在も基本的には変わっていない)、積極的に塔本体で熱を出入りさせるという操作はまったく常識外であった。1980年代始めにMah教授の下でSRV研究を行った清水和幸九州工業大学教授によれば、SRVを発表した当時の米国化学工学会(AIChE)の反応は非常に冷たいものであり、「論文のための研究」と見なされほとんど無視されたそうである。その後、1980年代前半に主として米国で研究論文及び特許によりいくつかの提案がなされたが、いずれもアイデアや概念の提示にとどまり、実用化を視野に入れた研究はまったく行われなかった。6 HIDiC実用化への道のりMah教授が最初に論文を発表してから数年後に、高松武一郎京都大学教授(当時)がこのアイデアに注目し、プロセスの基本的な特性に関する研究を開始した。当時、高松教授は化学プロセスの熱力学解析やエクセルギー解析に関する研究を行っており、その過程でHIDiCの省エネルギー性の高さに着目したものと思われる。1980年代半ばより、著者らは工業技術院化学技術研究所(物質工学工業技術研究所を経て現産総研)において、高松教授との共同研究等によりこのプロセスの特性を理論的及び実験的に解明した。著者らはまず、分離の条件と操作圧力を与えることで、塔の高さや段数及び必要な伝熱面積などを決めることができ、塔全体の設計が可能であることを理論的に示した。また、高圧側の操作圧力はできるだけ小さいほうが省エネとなるが、熱力学的には限界があり、その値は分離の条件を与えれば決まることを明らかにした。実験的には小型の装置を用いて、内部熱交換による塔底の加熱量を削減できることを実証した。ただしこの装置は圧縮機が塔本体よりも大きなものであり、圧縮効率も低く電力を含めた省エネルギー性を示すことはできなかった。工業技術院では、その時期に「スーパーヒートポンプ・エネルギー集積システム」のプロジェクトを実施しており、著者らはHIDiC技術が広い意味でのヒートポンプ概念による産業プロセスの省エネルギー化として位置付けられるものと考えていた。1990年代に入ると、イギリス・フランス・ハンガリー等の大学の研究グループにより実験的なアプローチを含めた研究が進められたが、実用化への見通しは得られなかった。一方、わが国では「広域エネルギー利用ネットワークシステム」プロジェクトが1993年から2000年までの期間で実施され、その中で上記の研究成果をベースにHIDiCの研究開発が、工業技術院及び新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)委託事業(木村化工機(株)、丸善Mah R.S.H., et.al., AIChE Journal, Vol. 23(5), 651-658 (1977)CoolantDistillateFeedBottomsイニシャルコストHIDiCVRC Petlyuk操作範囲適用性省エネ性〇〇〇〇×表1 HIDiCと他の省エネ蒸留技術の比較図7 SRV蒸留の概念
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