Vol.2 No.1 2009
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研究論文:蒸留プロセスのイノベーション(中岩ほか)−52−Synthesiology Vol.2 No.1(2009)などの「安全性向上」などである。このように説明すると、PIは産総研が提唱しているミニマルマニュファクチャリング(MM)[6]と共通点が多いことがわかる。真に必要な原料や装置のみで必要な時に必要なだけ部材や製品を製造するMMの概念は、化学プロセスを対象としているPIよりも上位の概念と言うこともできる。MMでは、「省エネ・省資源」、「高効率・低コスト」、「高機能・新機能」という、時には相反するような要求を同時に満たすことを目標としているが、それはPIでもまったく同じである。著者らは、蒸留プロセスの省エネルギー化を目的として、蒸留操作と伝熱操作を「統合化」した内部熱交換型蒸留塔(Heat Integrated Distillation Column, HIDiC)プロセスの開発を行ってきた。基礎研究から実用化までの道のりは決して平坦ではなく、振り返ってみると本格研究の展開そのものであったとの自負がある。さらに、もちろん当初から意図したものではないが、PIの成功例の1つと位置付けることもできる。以下では、HIDiCプロセスの実用化までの過程や考え方とアプローチ方法について、PIと関連付けながら記述する。特に、ここでは熱力学的理想状態からの「デチューニング」による新規プロセスの設計・開発を、PIの一手法として提示することを試みる。2 省エネルギー化へのアプローチ -熱力学的理想状態と「デチューニング」PIとしての蒸留プロセスのイノベーション・省エネルギー化を論じるために、まず「省エネルギー」の概念を確認しておきたい。「省エネ化によってエネルギー消費が20 %削減された」というような記述をしばしば目にする。特にあいまいではなく、日常的な表現としては問題ないが、熱力学的には検討の余地がある。なぜなら熱力学の第一法則によれば、エネルギーは保存されるものであり、消費できるものではないからである。「小型車に買い換えたら燃費が20 %良くなった」ときに削減されたものは、同じ距離を走行した場合に消費されたガソリンや軽油という燃料であり、エネルギーそのものではない。自動車では、燃料という物質の保持する化学エネルギーがエンジン(ガソリン車の場合はオットーサイクルという熱機関)により燃焼という化学反応を通じて一旦は熱となり、その一部が仕事に変換され走行に使われている。電気自動車やハイブリッド車を除いて、燃費の良いエンジンとは基本的にはこの変換効率の高いものを指している。変換効率の上限は、熱力学的な理論効率として温度等の条件により規定される。逆に言えば、現状のガソリンエンジンにおける燃料から動力への変換効率には理論的限界値が存在する。エンジンの高効率化は燃費向上のための重要なアプローチであるが、熱力学的限界値を超える高効率化は原理的に不可能である。もう1つ例を挙げると、圧縮機を用いる冷蔵庫の動作原理は逆カルノーサイクルと呼ばれる熱機関であり、その理論効率すなわち同じ電力でどれだけの熱量を庫内から庫外に放熱できるかは、庫内冷却温度と庫外放熱温度により決まる理論的限界がある。同一の使用条件で動作する逆カルノーサイクル以上の省電力を達成することはできないのである。以上の例を考察すると、次のように考えることができる。すなわち、省エネルギー化とは、同一の機能を発現させるために、外部から供給しなければならないエネルギーを極力少なくすることである。その際に、どこまで削減できるかはそれぞれの機能により理論的な限界がある。見方を変えると、省エネルギー化とはいかに理論的限界に近い条件で機能を発現させていくかということになる。ここでは、理想状態のプロセスから実現可能なプロセスへの変更を「デチューニング」(detuning)と呼ぶことにする。一般的には、デチューニングはF1などのレーシングカーで培ったエンジン技術を市販車に移植する際に、コスト・耐久性・扱いやすさなどを向上させるためにエンジン性能等を下げる場合などに用いられる用語である。省エネルギーの分野ではよくターゲッティング(targeting)という言葉が使われるが、これは現状プロセスから省エネ目標を定めて、より高効率なプロセスを目指すとのニュアンスを持つ語である。本稿では、これとは逆に、あらかじめこれ以上省エネ化できない理想状態(非現実的なイニシャルコストや装置構造が必要)を明らかにし、そこから省エネ性を多少犠牲にすることで実現可能なプロセスを具現化する、との技術開発の戦略を提示する。その点を強調するためにあえて 「デチューニング」という耳慣れない言葉を使うことにする。 注意しなければならないのは、理想状態から実現可能な状態への「デチューニング」は、必ずしも一次元的ではないということである。図1は一般論として、あるプロセスA,B,C:理想状態からのデチューニングで得られた新プロセスCBA現状プロセス理想状態省エネ化図1 理想状態からのデチューニング
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