Vol.2 No.1 2009
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研究論文:食品・環境中の有害成分分析のための有機標準物質の拡充(井原ほか)−17−Synthesiology Vol.2 No.1(2009)①可能な限り不純物が少なく、不確かさの小さな純度値が付与されていること、②できるだけ多種類の溶媒に溶け易く、溶液中で安定なこと、③揮発性(昇華性)や吸湿性が低く質量測定(秤量)がしやすいことであるが、さらに、④測定対象物質と化学シフトが重ならないことである。現有の国家標準物質の中にも基準物質としての条件を満たしうるものがあるが、②に関しては基準物質と測定対象物質の両者が溶解する適切な溶媒が見つからない場合があり、④に関しても測定対象物質に依存することから、測定対象物質によって基準物質を使い分けなくてはならない。測定対象物質に合わせていくつもの基準物質を用意するのでは、実質的に国家標準物質の数を減らすことができない。そこで、定量NMR法の特色を生かし、図7のような校正方法でこの問題を解決した。すなわち、基準物質および測定対象物質と化学シフトが重ならない化学物質を仲介物質として選定し、ステップ1として、基準物質(国家標準物質)を用いて定量NMR法により仲介物質中の特定のピークを校正する。ステップ2として、校正された仲介物質の特定のピークを基準に測定対象物質の校正を行った。この二段階の校正方法をとれば、トレーサビリティの基点となる国家標準物質の種類をできるだけ少なくとどめることができる。また、仲介物質は標準物質の要件である均質性や長期の安定性を必ずしも確保する必要がないため、測定対象物質の測定に適した物質を幅広く選定できる。定量NMR法における仲介物質の導入は、要素技術を統合する過程で重要な技術開発であった。5.3 統合した技術の評価5.1節と5.2節で述べたように要素技術を統合して定量NMR法による校正技術を構築したが、その技術の信頼性を従来から確立されている方法と比較することにより検証した。まず、市販されている高純度の有機化合物から何種類かを測定試料として選択し、従来から確立されている一次標準直接法であり、かつ当所で国家標準物質の値付けに用いている凝固点降下法(表1参照)によって純度値を求めた。次に同じ試料を今回開発した定量NMR法で測定して純度値を求め、両者の測定値が互いの不確かさの範囲内で一致するかどうかを確認した。一連の定量NMR法による測定の基準物質には、米国国立標準技術研究所(NIST)から頒布されている国家標準物質である安息香酸(NIST SRM 350a, 99.9958 % ± 0.0027 %)を用いた。安息香酸を基準物質としたときに主な化学シフトのピークが重なってしまう測定対象物質に関しては、ジメチルスルホン又は1,4-BTMSB-d4(1,4-ビス-トリメチルシリルベンゼン-d4)を仲介物質として用いる二段階校正とした。なお、基準物質と測定対象物質を溶かす溶媒には、溶媒自身および溶媒中の不純物に含まれる水素原子による妨害の少ない重水素化溶媒の中から、基準物質および測定対象物質の溶解性等を考慮し、それぞれ適切と思われるものを選び、1000 mg/L程度の濃度の溶液を調製した。得られた測定結果を表2に示すが、定量NMR法で測定した純度値の多くは凝固点降下法で測定した結果よりも不確かさが大きかったものの、両者の値は不確かさの範囲内でおおよそ一致し、定量NMR法による校正技術が十分な信頼性を持っていることが検証された[6]。また、定量NMR法の測定の不確かさは0.3 %~1.2 %(k=2:95 %信頼区間)の間にあり、純度の測定技術としては凝固点降下法と比べて精度の点ではやや劣るものの、凝固点降下法では測定できない物質に対しても校正が可能であるなど広範な有機化合物に対して適用でき、かつ市場が実用標準物質に要求する不確かさを満足する水準である。6 今後に残された課題国家標準物質をよりどころとし、同じ物質どうしで一対一の校正を行うトレーサビリティ体系から、一対多の校正が可能なトレーサビリティ体系への転換を図るため、中核技術として多種類の有機化合物に適用できるユニバーサルな校正技術の開発を行った。定量NMR法を有望な方法としたシナリオを設定し、照射パルスの遅延時間やオーディオフィルタを最適化することなどにより要素技術を開発し、市場の要求する不確かさを満足する校正技術としての適格性を検証した。このとき、仲介物質を活用することで、物質量の基準となる国家標準物質の種類を最小限にできることが分かり、最終的に図8に示すような効率的なトレーサビリティ体系の実現の見通しが得られた。本体系は、国家標準物質から実用標準物質まで同じ物測定対象物質仲介物質基準物質ステップ2:仲介物質で測定対象物質を校正ステップ1:基準物質(国家標準)で仲介物質を校正校正校 正Chemical Shift (ppm)Chemical Shift (ppm)仲介物質校正OOOClClClClClClOOOClClClClClClOOHClClClCl図7 定量NMR法における仲介物質の活用
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