Vol.1 No.4 2008
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論説:構成的研究の方法論と学問体系(中島)−309 Synthesiology Vol.1 No.4(2008)前出の市川[18]は進化システムの要件として以下のものを措定している:・(恒常性を維持する)自己複製子(ゲノム)の存在・自己複製子のシステム構造(要素と、要素を結合したシステムが存在する)・システム構造の変異の可能性・(複製の頻度に関する)複製子システム間相互作用(競争)・外部環境の存在 ちなみに市川は科学の方法を以下のように定義している。1.仮説および定数で構成されるモデルから演繹的推論によって予測を行う。2.この予測を確認できる観察・測定(以下観測という)を計画し実施する。3.観測により得られる事例と予測が一致すれば仮説は実証されたという。4.予測と反する事例(反例)が得られたならば、その仮説は偽であるとして棄てる。その事例を取り込んで帰納的推論を行い仮説を作り直す。1に戻る。市川は現代の科学技術というのが進化システムを構成していると主張している。したがって、進化論的方法論が構成的方法論の1つであることの裏付けにもなる。一方で、方法論がこれしか存在しないということを論証するのは至難である。しかし、状況証拠は豊富にある。まず第一に、自然界の進化すなわち生物進化がそういう方法を採って成功している。第二に、千年オーダーの歴史を持つ将棋や囲碁でもそうなっている。研究者と同じかそれよりも頭が良く、研究者より遥かに多人数の人達が、長年にわたって研究を続けたものでも進化論的方法論しか存在しないのである。将棋や囲碁に必勝の方程式はない。一部の良く分析された手筋だけが定石という形になっているが、それ以外の部分はある意味で創発あるいは、将来の様々な場面を順に評価して行く「先読み」という形のトライアル・アンド・エラーになっている。また、定石の説明も先読み形式で行われることが多い。事実上先読み以外の方法が存在しないと言ってもよいだろう。ここで問題にしている生成というプロセスは、全体の持つべき性質(将棋であれば、勝つというゴールや、相手の駒を取るというゴール)を実現するための細部(将棋であれば具体的手筋)を生成するという意味で、分析科学の要素還元と同じ方向であることに注意されたい。そのような観点から、多層システムを生成するための構成的方法論に議論を移したい。6 多層システムの生成本節では多層ステムの生成に焦点を当てて構成的方法論の精緻化を行う。先ずはここで問題としている多層システムの定義をしたい。たとえば人間という生物を理解するためには様々な層を理解する必要がある。・社会・個体・内蔵器官・細胞・分子これらすべてを合わせて理解していかなければいけないのだが、分析的科学には1つの層で切って説明するという方法論はあっても、幾つかの層をまとめて理解するという方法論がない。還元論的に、分子生物学のみで人間社会を理解するのは不可能である。上記の各々の層に個別の法則性があり、下位層は上位層の分解ではない。つまり多層の実在性をそのまま認める必要がある。多層のシステムを扱う方法論に入りたい。先ずは分析的方法論に則り、対象を単純化して2層システムを考えよう。例として木村[19]による音楽の演奏の記述を扱う(図7) 。音楽の演奏には、奏でたい音楽という層と、実際の演奏という2つの層が存在する。2層の中にはではあるが、3つの要素が入ってくる。1.未来ノエマ用語2。奏でたい音楽の設計図あるいは楽譜のようなもの。2.ノエシス。実際の演奏、実際に奏でられた音。3.現在ノエマ。奏でられた音を聴いた結果の音楽。ここで一番重要なのは、ノエシスと環境との相互作用である。音楽の例でいうと、その日の気温とか湿度、ホールの反響率とか、観客の反応とか、それらのものがすべて音楽に反映される。演奏者が直接には制御できない要素が(63)−未来ノエマ(奏でたい音楽)現在ノエマ(聞こえてくる音楽)ノエシス(演奏)環境との相互作用ノエマ層ノエシス層図7 音楽演奏のノエマとノエシス
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