Vol.1 No.4 2008
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研究論文:ホタルの光の基礎研究から製品化研究へ(近江谷ほか)−262 Synthesiology Vol.1 No.4(2008)素の遺伝子構造の改変に成功した[5]。次の段階の問題は、pHに連動せず安定なスペクトルとはいえ、重なるスペクトルをどのように分割し定量するかという点である。当たり前に考えれば、重ならない部分だけをフィルターで分けて定量すれば良いことになるが、これでは緑と赤色の両端を取ることになり2つの発光色しか相手にできないし、発光量の大部分は無駄になる。そこで、産総研が中心となり、共同研究先のアトー社の技術者と共同で、さらには東大物性研秋山准教授と協力して光を無駄にすることなく、フィルター2枚で3つの発光色を分割、定量する技術を開発した[6]。新しく開発した技術は、あらかじめ各ルシフェラーゼをフィルターの非存在下、および複数の光学フィルター存在下でそれぞれ測定、ルシフェラーゼごとに各フィルターを用いた際の透過係数を決定しておき、試料に対する複数のフィルターの測定値から透過係数をもとに各ルシフェラーゼ量を算出する方式である(図3)。これら一連の研究がまさに第2種基礎研究の成果である。大きな発想の転換で生まれる部分もあるが、現状の技術レベルを正確に把握、その段階の「最高の知」を活用することが重要である。つまり最高の知を生み出すのではなく、適切に利用することが第2種基礎研究のアプローチであろう。このような記載は2005年当時、商品化が成功した際の説明であり、一見、簡単に実用化に成功できたようにみえるが、内実は違っている。早くコンセプトを特許化したかったので、赤、緑色鉄道虫由来ルシフェラーゼと既存のウミシイタケルシフェラーゼを用いた3遺伝子-2基質が成功した段階で特許を構築、「同一の発光基質で異なる色を発光する少なくとも2つの発光タンパク遺伝子のいずれかを哺乳類細胞で安定発現可能なように組み込んでなる遺伝子構築物。」という要約で03年度に出願[7]、誌上発表した[8]。その段階で1年間の猶予を得たわけで、落ち着いて他のルシフェラーゼを検討、当時もう1つの素材であったイリオモテボタル由来の緑色ルシフェラーゼとその橙色変異体を組み合わせることで、最終的に3遺伝子-1基質を書き加えることができた[6]。このような特許構築戦略において、弁理士のアドバイスにより、1)特許出願後の1年間を有効に活用する、2)特許に関わる根幹はなるべく少人数で実施例をまとめ単独で出願する、などの点を注意した。また、特許はコンセプトを重視し、いろいろな用途の範囲やそれを証明する実施例は書き込んだが、企業に対しての自由な研究活動や製品化を妨げるような細部にわたる書き込みは避けた。具体的には、マルチ遺伝子発現検出キットにおける試薬の要件などは書き込まず、企業が独自にキット用の試薬を作るなどの研究活動を阻害しない方向で、研究の余地を設けることにした。つまり、技術全体の幹となるコンセプトは産総研が単独で押さえるが、実際に用いる場合の用途特許は企業との共同研究による共同出願や、企業単独出願を優先させ、特許の全体像を構築することにした。その結果、前述した2社の企業が製品化を実施、独自ブランドで販売可能となった。また、2つの企業はバイオ関連であるが、ソフト面に強い一方、ハード面は弱いことから、計測機器メーカーA社を紹介、製品化全体がスムーズに進むための橋渡しも行った。ただし、企業は各々の風土があることから、無理強いせず、個々の企業の活動に深く立ち入らないことも研究者の要締であろう。4 マルチ遺伝子発現検出キットは何ができるか東洋紡績より販売した商品名:MultiReporter Assay System -Tripluc®-を例に、我々の開発したシステムの現状を探る。まず名前だが、Triplucは“Triple color(3色のルシフェラーゼの意)と”Trip(従来品を超え、別次元を旅するの意)“を掛けたものである。全体のイメージを良く現わしており、企業ならではのセンスである。命名は決して研究者が提案してはいけないというのが持論で、提案しても大体において陳腐である。東洋紡績のキットはイリオモテボタル由来の緑色ルシフェラーゼ(λmax 550 nm)、その部位特異的変異体である橙色ルシフェラーゼ(λmax 580 nm)、及び鉄道虫由来赤色ルシフェラーゼ(λmax 630 nm)の遺伝子群がパッケージされ、それぞれにコントロールとなるプロモータ配列が含まれたものである。最終的には試薬は自社開発したものが販売されている。3色の発光スペクトルを光学フィルターによって分割・定量化し、2つもしくは3つの転写活性を同時に測定するシステムである。これらのルシフェラーゼはいずれもD−ルシフェリンを発光基質として利用するため、検出反応は1ステップで行われ、測定は光学フィルターを備えたルミノメーターで行われる。遺伝子の発現は、遺伝子の転写開始点近傍に存在するプロモータやシスエレメントに転写因子が結合することによって調節される。ルシフェラーゼを用いたレポータアッセイでは、プロモータなどの遺伝子の発現を調整する配列をルシフェラーゼ遺伝子に繋げ、試験細胞に導入し、発現したルシフェラーゼの活性を測定することで遺伝子発現を評価する手法である。このレポータアッセイによって、対象遺伝子の転写調節領域の機能や転写因子による調節機構の解析、逆に、ある事象で発現変動する遺伝子の転写調節領域にルシフェラーゼ遺伝子を繋げ、その事象に関わるシグナル伝達や受容体・リガンドの作用機構を解析することができる。(16)−
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