Vol.1 No.3 2008
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研究論文:水に代わる密度標準の確立(藤井)−204 Synthesiology Vol.1 No.3(2008)3 新しい密度標準体系の開発 シリコン単結晶の密度は極めて安定しているので、密度標準物質として用いることが1970年代に米国標準技術研究所(NIST)で最初に検討された[24]。1987年にオーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)においてシリコン単結晶から球体を研磨する技術[25]が開発されてからは、その形状と質量の測定から密度を直接決定することが可能となり、密度の不確かさを飛躍的に減少させることが可能になった。従来、シリコン単結晶の密度は、形状測定から体積が正確に決められた鋼球の体積を基準として液体中での浮力測定[24]から求められていたが、シリコン単結晶を球体に研磨することにより、浮力測定を介することなく密度の絶対値を直接的に求めることができる。CSIROで単結晶シリコン球体を単に密度標準として使用するためだけではなく、アボガドロ定数の決定にも使えるようにするために、研磨の最終段階において機械的除去だけではなく化学的除去方法(mechano-chemical polishing)を取り入れた研磨方法を開発し、球体表面に結晶欠陥ができるだけ入らないような工夫が加えられた[26]。透過型電顕による球体表面付近の断面観察では結晶構造が保たれたまま表面酸化膜に移行していることが確認されている。現在ではこの研磨技術により直径約94 mm、質量約1 kgの球体を真球度(平均直径からの偏差の最大値)50 nm、表面粗さ0.1 nmの精度で仕上げることが可能となっている。産総研ではCSIROで研磨技術が開発された当初からシリコン固体密度標準の優れた特徴に着目し、水に代わる新しい密度標準体系の確立に着手した[27]−[30]。3.1 シリコン固体密度標準の特徴 シリコン単結晶は半導体産業における基盤材料であり、現在では高純度、無転位、大寸法の単結晶が容易に入手できる。シリコンには3つの安定同位体28 Si、29 Si、30 Siが存在するので天然同位体組成のばらつきと結晶製造工程における質量分別効果等により個々のシリコン単結晶の密度は約 1×10−5程度ばらつくが、その平均値は20.000 ℃、101.325 kPaにおいて約2329 kg/m3である。シリコン単結晶を密度標準として用いた場合の特徴は以下のようにまとめられる。(1)完全に近い結晶性を有するので一度測定してしまえばその密度は極めて安定している。(2)水や水銀が液体であるのに対し、シリコン単結晶は固体なので、使用中の化学的純度低下や同位体組成の変化による影響がない。(3)表面は酸化膜で覆われているが、酸化膜の密度は基盤であるシリコン単結晶の密度に近いので、酸化進行による密度変化は極めて小さい。 特に(2)は水に代わる新たな密度標準体系の開発を促すに至った重要な動機である。シリコン固体密度標準は単に高精度であるだけではなく、校正事業者が行う実際の校正作業や標準器の維持・管理においても、液体の密度標準物質にはない優れた利便性を兼ね備えている。3.2 密度の絶対測定技術の開発 図1に、シリコン単結晶の密度を絶対測定するために開発したレーザ干渉計を示した[31]。日本国キログラム原器にトレーサブルな質量測定を実現するためにシリコン球体の質量が約1 kgとなる大きさを選択した結果、その直径は約94 mmである。真球度が小さい球体の体積は、その直径を多方位から測定して平均直径を求めることにより十分に小さい不確かさで求めることができる。このため真球度が100 nmよりも小さいシリコン球体が密度の特定標準器として用いられている。 SI基本単位であるメートルは、定義された光速度と、周波数が校正された光の波長から決められるので、レーザ干渉計の光源周波数は秒の定義にトレーサブルな方法で校正されていなければならない。しかし、長さ測定の度に光周波数を絶対測定することは困難なので、秒の定義にトレーサブルな方法で周波数があらかじめ絶対測定された幾つかの周波数安定化レーザの推奨波長が国際度量衡委員会(CIPM)によって決められている。シリコン球体の直径測定では、よう素安定化He−Neレーザの推奨波長を基準として校正されたレーザダイオードを光源とすることによりメートルの定義へのトレーサビリティを確保している。 光波による正確な直径測定のためには、球体表面の酸化膜の厚さを評価し、入射光が表面で反射する際の位相変化を評価することが重要である。特にアボガドロ定数などの基礎物理定数を決定してキログラムなどのSI基本単位を再定義するためには、シリコン球体を直径のサブナノメートルの精度で測定することが求められる。シリコン球体の表(35)−図1 シリコン球体の直径を測るレーザ干渉計
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