Vol.1 No.3 2008
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研究論文:水に代わる密度標準の確立(藤井)−203 Synthesiology Vol.1 No.3(2008)に準拠したかたちで決定できれば、これらを組み合わせてさまざまな基礎物理定数を誘導することができる。基礎物理定数の値は学術的にも重要であり、波及効果も大きいので、国際学術連合会議(ICSU)科学技術データ委員会(CODATA)に設置された基礎物理定数作業部会では基礎物理定数間の関係に一貫性が保証されるような調整を行い推奨値としてまとめている[20]。 アボガドロ定数は、基礎物理定数の調整だけでなく、物質量の単位モル(mol)を定義する上でも重要である。さらに、アボガドロ定数を十分に小さな不確かさで決定することができれば、国際単位系において人工物によって定義されている唯一のSI基本単位であるキログラムを、原子の質量あるいは基礎物理定数を基準として再定義することが可能となる[21][22]。このためメートル条約に基づいて組織された国際度量衡総会(CGPM)からは世界の計量標準研究機関が協力して国際キログラム原器の質量安定性を評価し、基礎物理定数を用いてキログラムをはじめとする幾つかのSI基本単位を再定義するための実験的研究を行うことなどが勧告されてきた。 シリコン単結晶の密度を小さい不確かさで計測する技術は、X線結晶密度法(x-ray crystal density method: XRCD法)からアボガドロ定数を決定するうえで重要な役割を担っている。XRCD法において、アボガドロ定数NAはシリコン単結晶の密度ρ、モル質量M、格子定数aのそれぞれを絶対測定することにより NA=8M/(ρa3)として求められる。2005年にNMIJ、ドイツ物理工学研究所(PTB)、欧州Joint Research Center標準物質計測研究所(IRMM)は協力して自然同位体比のシリコン結晶からアボガドロ定数を測定し、XRCD法としては最も精度の高い 3×10−7の相対標準不確かさを達成した[23]。2004年に国際度量衡委員会(CIPM)によって組織されたアボガドロ国際プロジェクト運営委員会(IAC)ではNMIJを含む世界の8研究機関の協力の下で、シリコン同位体28Siを高濃縮した単結晶を作製し、アボガドロ定数の精度を 2×10−8まで向上させ、キログラム再定義を実現するための研究が行われている。この目標を達成するためにはシリコン単結晶の密度を 1×10−8の相対不確かさで決定することが必要とされている。 シリコン単結晶から求められるアボガドロ定数は、交流ジョセフソン効果と量子ホール効果で用いられている理論の検証にも用いられている[20]。交流ジョセフソン効果における直流電圧は U=nf/KJ(nは整数、fはジョセフソン接合素子に照射するマイクロ波の周波数、ジョセフソン定数KJ= 2e/h)、量子ホール効果における電気抵抗はR =RK/i(iは整数、フォン・クリッツィング定数RK=h/e2)で表され、これらは電気標準を確立する上での重要な基礎理論となっているが、これらの電圧と電気抵抗が厳密に2e/hあるいはh/e2を単位として量子化されているのかどうかを理論的に証明することはできないので、これらの効果を用いない実験から求めたhやeなどの値との比較・検討から、実験の不確かさの範囲内で理論を検証する作業が行われている。CODATA基礎物理定数作業部会では交流ジョセフソン効果と量子ホール効果に頼らずにhやeを求めることができるデータとして、X線結晶密度法から求めたアボガドロ定数の値などを用いている。これらの検証により今のところジョセフソン効果と量子ホール効果は約10−7程度の不確かさで正しいことが確かめられている[20]。2.3 目標達成のためのシナリオ 社会的ニーズと科学的ニーズの両者を満足しながら目標を達成するためには、研究開発の方針を明確にしておくことが重要である。これらを以下にまとめた。(1)SI基本単位の定義にトレーサブルな方法で密度の特定標準器(国の最上位の計量標準)を設定できること(2)密度の特定標準器が社会的ニーズだけではなく将来の科学的ニーズにも対応できる性能をもつものであること(3)ユーザーが用いる浮ひょう、密度標準液、振動式密度計などの計量器を切れ目のない連鎖によって校正し、密度の特定標準器へと結びつけることが可能であること(4)校正事業者登録制度(JCSS)を活用し、ISO/IEC 17025規格に適合した登録校正事業者がユーザーへと密度の校正サービスを行うことができる体系であること(5)登録校正事業者が保有する最上位の標準器は十分に安定であり、産総研が保有する特定標準器による頻繁な校正を要しないものであること これらの方針のなかで(1)を選択する際に、水の精製方法や純度分析方法、同位体組成測定方法などを規定し、水を密度の特定標準器に指定することも検討した。しかし、最大限の技術的努力を重ねたとしてもその精度は 1×10−6を上回ることは極めて困難である。一方、アボガドロ定数の測定のために産総研で開発していたシリコン単結晶の密度測定技術は既に 1×10−7のレベルに到達していた。このため、シリコン単結晶の密度をトレーサビリティの頂点とする密度標準体系を選択した。 (5)は登録校正事業者となる計測器メーカーの負担を考慮した場合に重要なファクターとなる。この点については候補となる校正事業者との打合せを行ったところ、校正装置への最初の設備投資が多少高価であっても、より安定な密度の標準器を保有することによって校正の信頼性を確保し、標準器の頻繁な校正を排除することができる方法のほうが中長期的には運用しやすいとの結論に達した。これらの検討結果に基づいて産総研では新しい密度標準体系の構築に着手した。(34)−

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