Vol.1 No.2 2008
72/92
−150 Synthesiology Vol.1 No.2(2008)座談会:新しい形式の論文を査読してり読んだのですけれども、結果として無理なく読めたという、一読者としての驚きがありました。これまた楽観的なお話で恐縮ですけれども、第一印象としては、成功しているのではないかと、明るい希望を持っているんです。持丸 ここに投稿される論文は、当然なんですが、従来の学会誌のものとはスタイルが違っています。もちろん論文の記載要件は満足しているのですが、そもそもいろいろな論文スタイルが許容される、ということを意識して査読しました。一方、読む人の許容度が高いかというと、これはまた別の議論でありまして、執筆者がこの論文で言いたいことを、旧来の論文に慣れた読者にいかにわかってもらうか、かつその読者の意識も変えていかなければいけないということになると、こういうのも論文なんだ、ここのところにオリジナリティがあるんだということを読者に訴えていかなくてはいけない。素直な感想を言いますと、その辺がバランスとしてなかなか難しいなと感じました。著者の言いたいことをうまく伝えるというところが悩ましかったですね。小林 査読者との意見交換を論文の後に載せましたね。あれはいかがでしたか?持丸 読者から「査読者との議論がおもしろかった」というコメントがありましたが、この『シンセシオロジー』を査読者と読者と著者でつくっていくのだというメッセージとしてはすごく良かったのではないかと思っています。この論文がどのようにシンセサイズしていくかというところが読者に明快に伝えられるという意味で、私はおもしろい企画だと素直に思っています。その一方で、公開されるということは、査読者もそれなりにしっかり論文を読まないといけない。2人査読者がいて、1人はろくなことを言っておらんなというのでは、名前が出るのはやっぱり重いので、そういうところもあります(笑)。小林 ピアレビューと言うのは通常査読者は覆面をしているのですが、我々は名前を出しているので、それだけ責任が重いというのは確かに感じますね。小野 「査読者との議論が一番おもしろい」という読者からの意見がたくさん来ました。論文本体がおもしろいと言って欲しいのですけど(笑)、どうやら読者は最初に「査読者との議論」を読むのだそうです。それでおもしろかったら次に本文を読む。五十嵐 「内容は難しいが、この意見交換では、いわゆる第1種基礎研究ではなくて、もうちょっと曖昧にあるところをどうするのかというところを聞いていて、それに対して著者が思いを書いている、それはものすごくいい」という意見は、私も聞きましたね。小林 査読者との意見交換は、著者と読者の橋渡しをしているような、そういう効果があるのかもしれませんね。査読者の役割が変化して、査読者が共著者に赤松 第一印象ということでいうと、査読者との意見交換の部分が重要だったと思いますね。ちょっと言い過ぎだったかもしれないけれども、相当口を出しました(笑)。ほとんど共著論文と同じくらいの口出しをしています。読者としての視点でまず読んで、読者がこの論文から何をくみ取るべきかということを考えると、「これじゃ、書けていないね」という気持ちになると、論文の構成からある種のロジックまで口出しをさせてもらったというのが通常のジャーナルの査読とは違ったところですね。自分の中で査読の一番のポイントとしては、「シナリオが書けているかどうか」ということです。具体的には、どういう問題意識のもとで始めたのか、どこに注目したのかがちゃんと書けていることです。その分野でどういうことが問題意識としてあって、そのためにどういう研究をしなければいけなくて、というようなことが書かれていると、「こういう世界は、こうやってものを考えて研究するんだ」ということがほかの分野の人たちもわかるのではないでしょうか。小林 私は、第1号でデバイス関係1件、標準関系1件の査読を行い、今回は材料関系を1件査読しましたが、どれもどちらかと言うと物理系なものですから、個別要素がはっきりしていて、それをどう組み合わせてどうしたかという、シナリオと構成方法がわりとわかりやすかったですね。ただ、共通事項として、製品化の段階なので、企業との関係から書けないという部分があって、著者もそうでしょうけれども、読んでいるほうももどかしい部分は若干ありま五十嵐 一男 氏(69)−
元のページ