Vol.1 No.2 2008
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研究論文:タンパク質のネットワーク解析から創薬へ(家村ほか)−127 Synthesiology Vol.1 No.2(2008)徴的であったネットワーク解析について触れたい。細胞の中にはプロテアソームと呼ばれる巨大なタンパク質複合体が多数存在する。これは細胞内の不要なタンパク質を分解する工場である。この巨大タンパク質複合体は60個以上のパーツから成るのであるが、これがどのように組上げられるかは長らく謎であった。我々はこのプロテアソームを組上げるアッセンブリー因子群と、そのプロテアソームとのネットワークを発見した。すなわち巨大なタンパク質複合体はタンパク質同士の助けを借りてでき上がる、という学問上非常に大きな発見であった [4][11]。図3に示すように、DSCR2とHCCA3と呼ばれるアッセンブル因子が協調し、プロテアソームのαサブユニットをリング状に配列させる。その後にUmp1とMGC10911がβサブユニットをリング構造にし、αとβリングが正しい方向で接着する。それと同時にこれは新規の創薬ターゲットの発見でもあった。プロテアソームは、古くなりくたびれてきたタンパク質を分解するという「品質管理」の役割を担っているだけではない。多様な生体反応を統御するため、複数のタンパク質を厳密に制御するという重要な機能も担っている。細胞というものは、生体反応のために新たにタンパク質が必要になった場合、必要になったときに作り始めていては間に合わない。そのような状況が生じるまで、必要になることが見込まれるタンパク質を常に作り続けており、その裏でプロテアソームがこれを常に分解し続けているのである。そして、必要な瞬間に分解を停止することによって必要なタンパク質をタイムリーかつ即時に出現させる。例えば細胞が分裂するためには、多数のタンパク質が一方向に協調して厳密に働かなければならない。これをつかさどっているのがプロテアソームである。常に増殖し続ける癌細胞は正常の細胞よりもプロテアソームが沢山必要だとされている。プロテアソームの働きを阻害する薬が、強い抗癌作用を持つことは古くから知られている。しかし、このような阻害剤を作用させると、プロテアソームは正常細胞にも必須の機能であるから強い副作用を伴う。従って他に治療法のない特殊な癌にしか、この阻害剤は用いられない。ところが、我々の発見したプロテアソームのアッセンブリー因子の働きを阻害すると、新生プロテアソームの量が減り、やはり癌細胞にとっては致命的であるが、正常細胞にはほとんど影響を与えない。正常細胞は癌細胞ほどプロテアソームを必要としないので、少しぐらいプロテアソームの量が減っても耐えられるのであろう。また、プロテアソーム機能を完全に阻害してしまうのとは異なり、副作用も少ないことが予想された。このアッセンブリー因子は新規でより適切な創薬ターゲットと言える。これらの成果は、直ちに産業化へと結びつけられると考え、2006年から、製薬企業に共同研究を提案した。その結果、国内大手・中堅製薬企業のほとんどが参画する創薬研究プロジェクトへと発展した。このプロジェクトの当初の提案は、各製薬企業が創薬ターゲットとして興味がある遺伝子・タンパク質のネットワーク解析を行い、より適切な創薬ターゲットを発見するというものであった。しかし、そこからさらに一歩踏み込み、タンパク質ネットワーク解析から明らかになった情報をもとに、化合物スクリーニング系を構築し、実際に産総研内でスクリーニングを実施し、得られたヒット化合物を基に医薬品開発を試みるという形へと展開した。さらに、産総研内で当研究センターのみならず、同じ臨海副都心センター内の生命情報工学センターと共同し注)、ヒット化合物のドッキング・最適化シミュレーションを、大規模な並列計算機を用いて効率よく行い、コンビナトリアルケミストリーへの橋渡しも行うことにした。このように、製薬企業、あるいは民間研究機関が単独では行いにくい、タンパク質ネットワークチームのクリーン施設、大規模天然化合物ライブラリ、研究センターのブルージーン用語1等の研究リソースを産総研が提供し、ともに製品化研究、つまり「医薬品を創る」という実証研究を行うこととなった[15]。6 考察:本格研究へと発展させる戦略我々が、タンパク質ネットワーク解析を立案しプロジェクトをスタートさせた時点で考えた最も基本的な戦略は、「奇をてらった新しいイノベーションを目指さない」、というものであった。どんなに素晴らしい技術・技法が創出されたとしても、それが解析法として定着し、データを生み出すにはどんなに早くても10年の月日がかかるのが普通である。実際、田中耕一氏が世界で初めてマトリックスを用いてペプチド・タンパク質をイオン化し質量分析をしたのは1980年代の前半であり、この発見が契機となりMALDI法という形に発展し、世界中のタンパク質化学者やバイオロジストが盛んに使い始めたのは1990年代後半~2000年になってからである。当時我々が10年の月日を解析技術の開発に費やすということは、非現実的と考えた。我々は現状の質量分析技術における最大のボトルネックを最小化する、という最も現実的かつ泥臭い、ある意味「正攻法」なやり方に固執した。その「正攻法」とは「微量の試料をロスなく質量分析機に送り込む」ことであり、その一点に徹底的にこだわった。その代わり、質量分析装置の改良やイオン化の効率化であるといった新しい試みには手を出さないことにした。質量分析機自体は既に十分高感度であり、試料を失うことなくイオン化させられれば、目的とする感度が得られることに(46)−
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