Vol.1 No.2 2008
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研究論文−123 Synthesiology Vol.1 No.2(2008)1 研究の背景人体は約30兆個の細胞からなり、それぞれの細胞の中には10万種類以上の様々なタンパク質が機能し生命活動をつかさどっている。そして、これらのタンパク質はバラバラに働いているのではなく、グループや組織を構成しネットワークとして機能している。このような細胞内の個々のタンパク質が生み出すネットワークをマッピングする作業を、タンパク質ネットワーク解析とよぶ。ネットワーク解析の重要性は生命現象の解明にとどまらず、疾患の発症メカニズムを分子レベルで理解することに繋がり、新たな診断・治療法の開発や、創薬のターゲット発見へと直接的に貢献する(図1)。しかし、タンパク質ネットワーク解析は技術的に容易ではなく、これといった確立された方法論はない状況であった。それは、実際にタンパク質ネットワーク解析を行うには、数100あるいは数1000といった数のタンパク質を一挙に分析し切らなければならないという要請があったからである。この要請に応えることは1990年代までの技術では現実的に不可能であった。しかし、島津製作所の田中耕一氏らが発明したタンパク質のイオン化質量分析法が成熟し、21世紀になって1つのターニングポイントを迎えた。これまでたった1つのタンパク質の同定に数10時間を費やさなければならない作業が、質量分析の手法を用いれば、ものの数分あるいは数秒で行えるようになった。また、感度も理論的にはこれまでの数100倍以上になり、試料を大量に精製しなければならないという制約からも解放されたかに思われた。しかし、タンパク質化学者が質量分析というハイテク機器を手にした後でも、予想通りの高感度解析がたちどころに可能になったわけではない。それは、10万種類のタンパク質の1つ1つが、千差万別の形状と大きさをもち、化学的な性質も様々でかつ不安定だからである。微量なタンパク質は僅かな時間、容器に保持するだけで分解あるいは変性し、容器の壁に吸着し、検出不可能となってしまう。質量分析機自体は極めて高感度な「検出器」なのであるが、この試料の消失問題が分析感度とスループットの現実の限界点を決めていた。従ってこの問題を解決しない限り、質量分析機の現在の能力を十分に活かした形でタンパク質の微量解析を行うことができない。また将来質量分析機の能力がさらに向上したとしても、その利点を活かせないと懸念された。2 解決しなければならない真の問題(液体クロマトグラフィ技術)微量なタンパク質を取り扱うときの最も重要な方法は、なるべく微小な空間になるべく濃縮した状態に試料を保持し続けることである。しかし、生物試料由来のタンパク質を質量分析により解析するには、脱塩・洗浄のプロセスが必要であり、それほど容易なことではない。そこでこれまで盛んに行われてきたのは、逆相の高速液体クロマトグラフ(HPLC)を質量分析機に直接連結してオンライン化することであった。試料をHPLCのカラム上で濃縮脱塩し、液体クロマトグラフの溶出分画をそのままイオン化し、質量分析装置に導入する。しかし、市場で入手できる既存のHPLC装置は、我々が目的とするタンパク質ネットワーク解研究論文生体を構成するそれぞれの細胞の中には、10万種類以上の様々なタンパク質が機能し生命現象をつかさどっている。これらのタンパク質はグループや組織を構成し、ネットワークとして機能している。毎分100ナノリッターという超低流速の液体クロマトグラフィー技術を独自に開発することにより、大規模なタンパク質ネットワーク解析を高感度で再現性高く、かつ高効率に行うことを可能にした。解析から得られた大量の結果は、生命現象の解明にとどまらず、疾患の発症メカニズムを分子レベルで理解することに貢献し、新たな診断・治療法の開発や、重要な創薬のターゲット発見へと直接的に連なる本格研究へと発展した。タンパク質のネットワーク解析から創薬へー 超高感度質量分析システムをどのように実現したか ー家村 俊一郎、夏目 徹*産業技術総合研究所 バイオメディシナル情報研究センター 〒135-0064 東京都江東区青海2-42 産総研臨海副都心センター *E-mail : t-natsume@aist.go.jp(42)−

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