Vol.1 No.2 2008
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研究論文:サービス工学序説(吉川)−118 Synthesiology Vol.1 No.2(2008)(3)サービス受容行動サービスの提供を受けた人がそれを受容するのであるが、2.3節で述べたように、受容は受け身でなく主体的な行動であるとしたのであるから、その受容行動は選択的である。したがってそこには受容者固有の選択がある。これはサービスの重要な特徴であるが、同時にサービスを難しくしている点でもある。サービスの提供があったとき、拒否も含めて、受容における選択とは何か。選択行為における影響因子、影響機構など、サービスの本質を決める要因を明らかにする必要がある。そしてそのうえで、受容者のとる行動と、その結果としての効果の発現の仕組みを理解するのでなければならない。ここには心理学、生理学、行動学など、そして最近の研究成果の豊富な生命科学、脳科学などに有用な知識があるはずである。しかし、受容者を理解したり、受容行動を向上したりするための知識や方法は現在のところ極めて不十分である。この理由としては、専門職業者が提供者になるという現在の社会的状況に対応して、従来の専門知識が主として提供行動のために準備され、受容者が使う形に整えられていないことを指摘しなければならないが、この点はサービス工学研究にかかわる学問的知識の構造論として、今後関心を払うべき点である。例えばアクセシブルデザインのような視点が強調され始めているが[11]、このような分野の学問的深化が必要であると思われる。(4)サービスの伝達サービスは、原始サービスのように直接提供者と受容者との間で伝達される場合もあるが、現代では多くの場合媒体を経由する。それは、情報としてネットワークを伝わるだけでなく、さまざまな物体(製品)に乗って、伝わってゆく。物体に乗る時は、サービスは様々な形態をとるのであって、これについての整理された知見を我々は持っていない。それは物体の機能であるとも考えられ、ここにもサービスと機能との関係が現れる。情報としてネットワークを伝わるサービスは現代を特徴づけるものであり、多くの研究があるし、現実の技術としてもその普及は目覚ましい。その発展はさらに望まれるが、普及の社会への影響を考えると、サービスという観点からは「情報倫理」を考えるべき段階が来ているように思われる。一方媒体としての物体に乗るサービスは、のちに述べる製造業のサービス増幅問題としてこれから明らかにしてゆかなければならない。(5)サービスの波及効果現実の社会でサービス現象が起これば、必ず外界に何らかの影響が生じる。原始サービスのように、一人の人が他の一人の人にサービスする場合では無視することができても、それが産業として広く行われるようになると、環境負荷として十分配慮すべき問題となる。しかし、この点についても考察はあまりされておらず、今後の問題である。(6)サービスの増幅サービス問題が関心を持たれ始めた理由は、サービス産業の経済への影響が、先進国で特に、また途上国でもそれに劣らず大きなものとなってきたことがある。わが国でも、すでに長い間サービス産業の生産性が製造業に比べて低いことが指摘されて来たのである。しかし、サービス分野では、急速に進む科学の基礎研究の成果を製造業のように使用してその質や生産性を高めることは、情報分野を除いてはできなかった。情報分野では、情報化社会といわれるようにさまざまな情報技術が広く普及している。その多くはサービス産業の生産性向上に寄与している。その結果サービス産業の進歩は情報産業の進歩によって行われるという見方が主流となった。それを支える基礎知識は、新しい素子を作り出す材料科学、計算機科学、通信科学などである。しかしサービスは、2.1節の図1に示した原始サービスの例で見るように、情報分野だけではない。より広く、生命科学、材料科学、環境科学、物理学、その他多くの科学、工学分野の知識が、人文社会系科学とともに使用されて、より広いサービス分野の生産性の向上が図られることが期待されるが、これらの多様な科学、技術が関与する生産性を考えるときは、経済問題としてとらえる前にサービスの増幅問題としてとらえることが、サービスの本質を失わずに考察を進めるためには都合がよい。現代社会にとってサービス産業の生産性が重要であり、その向上のためにはサービス科学が必要であるという主張が、強くされるようになった[12]。これらの議論は、経済問題としてのサービスを出発点としていて本論文とは立場を異にしているが、現在広くサービスが関心を持たれるようになったきっかけをつくったのはSpohrerらの属するIBMであり、そこで主張されるサービス科学は、多くの領域が統合したものとなるはずである。実際にIBMではSSME(Service Science, Management, Engineering)という呼び方をしている。今後はより多角的な議論が進められるようになると思われる。ここでわが国が今、情報産業、そしてサービス生産性の後進国だといわれることの「不思議」について述べておかなければならない。わが国では、製造業における情報化、すなわちCAD−CAM(計算機援用設計生産)、FMS(多(37)−
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