Vol.1 No.2 2008
25/92

研究論文:だれでも構築運営できるコラボレーションシステムの実現(江渡ほか)−103 Synthesiology Vol.1 No.2(2008)と名付けて次項で紹介し、さらにqwikWebの設計思想について論じる。4.1.2 Wikiの設計思想「コミュニケーション・パターン」Wikiには建築家クリストファー・アレグザンダーによるパターン・ランゲージ[9]と呼ばれる思想が影響している。パターン・ランゲージとは、ある建築を実現するにあたって繰り返し表れる建築形態を集め、言語のようにまとめたものである。これを用いることによって、建築物の利用者が設計に関与することができるようになり、結果として良い建築が実現できるとされている。Wikiの開発者であるウォード・カニンガムは1987年にこのパターン・ランゲージに興味を持ち、特に利用者が設計に関与するという観点から、ソフトウェアの実現にパターン・ランゲージを応用することを試みた。ユーザインタフェースにおけるいくつかのパターンを抽出し、そのパターンをユーザに提供することにより、比較的短期間に優れたソフトウェアの設計を行うことができたという[10]。この実験は後にデザイン・パターンと呼ばれる開発者間の共通言語を実現する大きな潮流へと発展していった[11]。カニンガムは同じ1987年に発売されたApple 社のHyperCardを用い、発見したパターンを記録・編集するためのパターン・ブラウザを作成した[12]。このパターン・ブラウザが後にWikiへと発展した。つまりWikiとはパターン・ランゲージを記録・編集するための基盤として考案されたものである。カニンガムは1995年にそのパターン・ブラウザを、それまでに蓄積されたコンテンツを元に、Web上のシステムとして作り直し、それにWikiWikiWebという名前を与えた。これが現在につながるWikiの起源である。それまでのHyperCard によるパターン・ブラウザからWikiへの大きな違いは、インターネットにリアルタイムに接続されたという点である。そのため、Wikiは単に情報を蓄積する場としてだけでなく、蓄積された情報について議論するための場としての性格も同時に持つことになる。一般にコミュニケーションに用いられるシステムは、情報をある定型的な形式にあてはめて管理する。典型的なものが掲示板であろう。1つの記事は、執筆者名、日付け、文章のタイトル、本文などといった項目に分かれて保持される。記事には権限が付与され、一般に執筆者のみが記事を書き換えられる。Wikiにおける情報の保持はそれとはまったく異なり、いわば1枚の紙を共有しているような状態になる。情報には定型的な形式はなく、どのような文章でも自由に書ける。権限という概念もないため、どの文章を誰でも編集できる。そのような環境で複数の執筆者が共同で文章の執筆を進めていくと、必然的に混乱が起こる。その混乱を解消するために、ローカルなルールが生まれる。例えば「自分の意見を述べる際には文末に自分の名前を残す」などである。そのように当初は何もルールがない状態だったWikiに、徐々に自然発生的にルールが生まれていった。そのようなルールはコミュニケーションに関わるルールが利用者間のつながりにおいて自然発生的に生まれたものであり、建築におけるパターンの発生と同様な構造を持つと言える。そのため、そのようにして生まれたコミュニケーションに関わるルールを、ここでは「コミュニケーション・パターン」という言葉で表すこととする。Wikiは、当初の目的通り情報システムを実現する際に必要なパターンを収集するだけではなく、そのようなパターンに興味を持つ人同士のコミュニケーションの場でもあり、またコミュニケーションを行うにあたってのルール(コミュニケーション・パターン)について議論する場でもあり、そのようにして自然発生的に作り出されたコミュニケーション・パターンを記録・収集する場でもあった。単にパターンを収集するだけではなく、情報を収集するためのルール(コミュニケーション・パターン)もまた同時に収集するというメタな意味を同時に持つ場としてWikiは成長していったのである。Wikiにおいて最も重要とされるコミュニケーション・パターンは、スレッド・モード(議論状態)とドキュメント・モード (文章状態)の区別である。スレッド・モードとは、そのページを用いて議論が進んでいる状態のことを指し、そこでは各利用者の意見が掲示板のように並んでいる状態となる。それに対しドキュメント・モードとは、ページに客観的な記述のみが置かれた状態であり、主観的な意見の記述は排除される。実際にはほとんどのページはハイブリッド状態となり、ページ上方には客観的な記述があり、その下の方で議論が進められる。各々のページは、そのページの位置付けを示す短い文章から始まり、それについて各々の意見がスレッド・モードとして追加され、議論が進んで個々の意見の違いが吸収されていき、それが最終的に1つのまとまった客観的な記述(ドキュメント・モード)へと成長していくものとされた。つまり、全てのページが最終的にはドキュメント・モードへ成長することが目標であるとされた。このように、あらかじめルールを決めてそれに沿ってコミュニケーションを進めるのではなく、コミュニケーションをどのように進めていくかというルールそのものをコミュニケーションを進めながら決めていくという自然発生的なルールを重視するという姿勢をとっており、その意味でこのような姿勢こそがWiki の最も特徴的な点であると考えることができるだろう。Wikiの設計思想の根本的な部分を一言で表現するとすると「コミュニケーション・パターンの重視」であると言える。(22)−

元のページ 

10秒後に元のページに移動します

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer9以上が必要です