Vol.1 No.1 2008
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−71−座談会:新しい形式の論文を執筆してSynthesiology Vol.1 No.1(2008)回見直した。津田さんは「大量生産の視点」で見たときに、バイオの研究が違うふうに見えた。石井さんは「社会制度の視点」、西井さんは「ものづくり設計の視点」で見たときに、これまで研究のやり方が変わってきた。執筆要件の中に、組み合わせとか、選択した理由とか、方法論とか、非常に曖昧な言葉で書かれていることが、どういう視点で自分の研究を見たときに、どのように技術の体系が変わっていくのか、技術の組み合わせが変わっていくのかというところが、それぞれの方のオリジナリティなのかなと、今日お聞きしながら感じました。 連携企業との関係 -どこまで書けるか小野 私が査読した範囲で言いますと、特許や共同研究の内容に引っかかるので書けないということがありましたが、そこが書けないがゆえに論文の魅力が落ちる、成果の高さをはっきり示したいけれどもそこは言えない。大変残念な思いがあります。倉片 私の場合は、既にJIS規格として制定された研究内容をまとめましたので、その点での困難さはまったく感じませんでした。そもそも、標準化には、技術をオープンにして誰もが使えるものにしなければならないという側面がありますし、むしろ規格書に書けなかった背景を紹介する、よい機会になったように思います。津田 私の場合、例えば査読者から「原価を書いて下さい」といったリクエストもあったのですが、事業展開との関係を考慮する必要があり、数値を書くことは差し控えました。また、将来の展開の項では、大量の不凍蛋白質が将来なになに技術に使える可能性が高いとか本当はいろいろ書きたいのですが、「それを書いてしまうと特許が出願できなくなりますよ。」と知財部の人に言われました。この論文を最後に研究はおしまいということにするのであれば、もう何もかも書いてしまって(笑)、それによって他人の知財獲得をできないようにするという戦略もあるのかもしれませんが……。ジャーナルを出すということは「情報を発信して共有する」ということですから、可能な限り何でも書こうとは思いましたが。小野 第1種基礎研究は、自分がやり終えたことを書くわけですから、今、実際にやっていることは書かないわけです。ですけれども、今回の論文は、その先も書いていただいているんですね。情報を開示しすぎて、今後の競争で不利になるとまずいという懸念も若干ありまして、そこはこの論文のアキレス腱かなと私も思っています。西井 そのような査読者とのやりとりを掲載することによって、勘弁していただけるといいかなと思います(笑)。もう一つは、ある課題設定をして、それを実行したらこのようになりました、という考え方を社会に示して、そういう研究が一つの産業化の流れを作るのが新ジャーナルの役割ではないでしょうか。敢えてノウハウを公表するようなミッションは、このジャーナルにはないと思っています。小野 岸本さんはそういう感じはないですか。岸本 ないです。持丸 私は、書けるタイミングにあったものをテーマとして選びました。これは私の分野の特性もあるかもしれませんが、常に、共同研究先には「私は書く使命を持っているので最後は書きます。そのときにどこを隠すかという議論は一緒にしましょう」という話をしています。今回のケースでは、特許が出ていないところもあるのですが、それは企業も承知の上です。最初から何を隠したらいいのかという議論はしていまして、数式の構成は書いてあるんですが、係数を書いていませんし、全体の考え方がわかっても、データがなければできないので、データベースが手に入らない人には再現ができないだろう。そのような知財戦略を立てた上で今まで我々はやってきたし、そういうタイミングのものがたまたま我々にあったということで、今回、そんなには苦労しませんでした。持丸 正明 氏
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