Vol.1 No.1 2008
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−−発刊に寄せて:第2種基礎研究の原著論文誌(吉川)Synthesiology Vol.1 No.1(2008)礎なのである。現実的な社会的行動とは技術だけではない。それは、政治、行政、経済、金融、経営、医療、教育、産業、制作、報道などのほとんどの社会的に行動するものの基礎、すなわち行動の根拠として参照すべき基礎的知識なのである。そして同時に、科学において基礎研究で生み出された知識は公的なもの、すなわち社会における共有財産とみなすのが基本である。これは基礎研究を公的資金で行うことの根拠でもある。基礎研究の成果が知的財産として私有されることがあるのは現代の特徴でもあるが、それは一定の期間にとどまるものである。一般的には、研究成果は成果を出した研究者のオリジナリティを公的に認知する原著論文として領域別ジャーナルで公開され、そのうえで、その知識は公共的なものとなる。このような基礎研究の基本的条件が、前述の本格研究における第2種基礎研究において満たされるかどうかを考える必要がある。その条件とは、それが、社会における共有財産とみなされる固有の知識体系の改編をもたらすかあるいは付加となること、個々の研究は当面の目的を持つことを必要条件とはしないが、その知識体系がその上に現実の社会的行動を支持する効用を持つこと、が基本である。その上で第2種と呼んで一般の基礎研究から区別するとすれば、その知識体系が既存の科学的知識の体系とは異なるものでなければならない。ここで、一般の基礎研究を第1種基礎研究と呼んだのであったが、それが作る知識体系は歴史的に作り上げられてきた既存の科学的知識体系である。ところが第2種基礎研究で作る知識体系はこれとは違うという点が二つの基礎研究の存在を主張することの根拠であり、したがってここで第1種と第2種の作り出す知識体系の違いを明らかにしておかなければならない。第1種基礎研究が作り出す知識体系は現実に存在するものについての知識の体系であった。そしてその研究を駆動する動機は研究者の知的好奇心であるとされる。例えば物理学は、歴史的にいえば身近にある物質の性質を求める研究に始まり、現在は物質の発生、宇宙における物質の分散とその変遷の歴史的過程、地球及び若干の天体上の物質の性質などを相互に矛盾のない形で説明することに成功している。その説明は非生物を対象とするものであったが、現在は生物にまで及ぶ。すなわち物理学は、宇宙および地球上のすべての物質の存在と挙動について、矛盾のない知識体系を作り上げることに向かって大きな成功を収めている。矛盾がない、とは、たとえば目の前にある電球の光についての説明と、遠い天体の発する光の説明とが矛盾しないということである。しかし物理学ですべてが説明されたわけではない。伝統的にいえば、自然を対象とする学問には化学、生物学、地質学、気象学、海洋学、考古学などもあり、対象である自然に人を含めれば、言語学、心理学、人類学、社会学、経済学、文化人類学など、多様な学問があり、これらは学問領域と呼ばれる。各領域は、必ずしも共通の概念を使っておらず、同じ対象が相互に関係しない異なる説明を与えられるのが一般である。したがって相互に矛盾のない知識体系という表現をここで正確にしておく必要がある。矛盾のないのは学問領域内の説明の間で成立するだけであって、領域間では矛盾がないというよりも、関係がない、すなわち相互不干渉ということである。ただ物理学が物質間の反応や生命現象にまで対象範囲を広げて化学や生物学と合体する可能性を見せたり、生物学における脳科学の進展が言語学と関係を持ち始めて合体を予感させたりするのは、科学全般にわたる大きな流れではあるが、合体は複雑であり定型的でないのであって容易に達成できるものではなく、いずれ相互不干渉の部分がなくなるものなのかどうか、それは今のところ誰にもわからない。さてここで、第2種基礎研究として定義された研究に、それを通じて作り出されてゆく知識体系があるかどうか、あるとすれば、それが第1種基礎研究の作り出す上述のような知識体系と本質的に違うものであるかどうか、を検証することで第2種基礎研究を独立の基礎研究と考えてよいかどうかが決まる。そしてその上で、両知識体系間の関係を見出すことが科学と社会との関係を考える上で重要なことなのであるが、それはここでの話題ではない。第1種基礎研究の作る知識体系とは、簡単にいえば上述のように、我々の経験できる現象すべてを、相互不干渉の領域の創出とそれらのゆっくりとした統合という方法を使って理解あるいは説明する体系である。そして研究の動機は知的好奇心であった。これを前述の第2種基礎研究と同じ形式で定義すれば、“ひとつの領域知識を使って、その領域知識と矛盾しない新しい知識を実現する”ということになる。ここでは第1種基礎研究として、トーマス・クーン [2]の言う正常科学 (normal science)を主として考えるが、彼がパラダイム・シフトと呼んだものはここでいえば領域の統合や新領域創出であって重要であるが特別のものとしておく。両定義をみると、知識を使うという意味では同じであるが、第1種では単一の閉じた領域の知識であり、第2種では領域に制限がない。一般に特定の領域内ではその領域の知識の使い方は実験および論理的プロセスとして定型化しているが、多領域の知識を使う場合は定型的方法がな
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