Vol.1 No.1 2008
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−57−研究論文:耳式赤外線体温計の表示温度の信頼性向上(石井)Synthesiology Vol.1 No.1(2008)図c 産総研の開発した耳式体温計用標準黒体空洞単位:mm120 °50 °200φ60φ20回答(石井 順太郎) 2003年にアジア地域においてSARS流行が社会問題となった直後に、筆者は、実際にシンガポールや台湾の標準研究機関を訪問するとともに、国際空港などにおける発熱感染患者のスクリーニングの実例について情報収集を行いました。各国とも、スクリーニングの対象は、概ね38.0 ℃以上の発熱患者とされており、赤外熱画像装置や耳式体温計などを使用した検査が行われていました。 それらの事例や関係者の話などから、パブリックスクリーニングの実施における技術的な課題として、①熱画像装置や耳式体温計などの安定性の確保、②機器の組み合わせによる効率的かつ信頼性の高いスクリーニングの実施、などが想定されます。①については、環境条件の安定した実験室とは異なり、温度・湿度などの環境条件の変動の激しい場所において、機器(表示温度)の信頼性を確保することが重要となり、実際にシンガポールの空港では、入国審査場への通路上に、改良されたサーモグラフ(赤外熱画像)装置を設置し、スクリーニングを実施していましたが、熱画像装置の表示温度の安定性が十分ではないため、歩行者通路の背景に、簡易式の黒体装置を設置し、歩行者と黒体空洞が同時に観測されるような工夫がされていました。②については、大勢の人々のスクリーニングを効率的に実施するため、熱画像装置による一次スクリーニングを旅行者に実施し、発熱の疑いのある者に対して耳式体温計による検温検査を実施することにより、大勢の旅行者にストレスを与えることなく、信頼性の高いスクリーニングを目指した取り組みが行われていました。 これらの事例や課題は、我が国におけるスクーリングの実施に対しても有益な示唆を与えるものと考えます。議論5 標準黒体空洞の形状と表面コーティング質問(小野 晃) モンテカルロシミュレーションを行って広視野角の黒体空洞を設計したとありますが、産総研が推奨し、JIS規格に採用された空洞はどのような形状ですか。また標準黒体装置の黒体空洞の内壁は通常どのような材料でコ―ティングされ、それは赤外域でどの程度の放射率ですか。回答(石井 順太郎) 産総研の開発した耳式体温計校正用の標準黒体空洞の断面図を図cに示します。黒体空洞は、熱伝導率の高い無酸素銅を材料とし、空洞壁は、0.5 mm以下の厚みとなるように製作します。黒体空洞内壁は、赤外波長域で0.95以上の高い放射率を持つ黒化処理が必要となります。産総研では、国内外で市販されている多くの黒色塗料・コーティング材料について、独自開発した放射率測定システムを用いて、赤外波長域の分光放射率データを取得し、5~12 µmの波長域において、0.96以上の分光放射率を持つ黒色塗料(Nextel社製 Velvet coatings)を採用しています。議論6 耳式体温計の開発の経緯質問(小林 直人) 耳式体温計は非接触計測を短時間に出来ると言う点で画期的な温度計であると思われます。これは、1990年代米国メーカーによって開発されたとのことですが、当時わが国や他の国ではこの方式の体温計の開発は行われていたのでしょうか。完全に米国メーカーのオリジナルなものであるとすれば、そこのみが出来て他では出来なかった理由は何でしょうか。また開発競争の結果であったのならば、なぜわが国や他の国のメーカーでは競争に勝てなかったのでしょうか。 回答(石井 順太郎) 人体から放射される赤外線を計測して、皮膚や体表面の温度を知る方法については、以前からよく知られた計測技術であり、サーモグラフ(熱画像装置)などを用いた、乳癌診断技術などにも応用されていました。一方、鼓膜温の計測については、鼓膜温が脳の温度に近い指標となることから、医学的にも重要な“深部体温(中核体温)”として、計測の対象とされてきました。しかしながら、従来の方法では、細線型の熱電対やサーミスタなどの温度センサを鼓膜に直接接触させて測定していたため、患者(被験者)への負荷が大きく、医療専門家による特別な体温測定法とされていました。 現在の耳式赤外線体温計の開発経緯の詳細については、把握しておりませんが、製品化に至る技術的なポイントとしては、“高感度でかつ低価格な赤外センサの開発”と“周囲環境温度変化や人体との密着による体温計の温度変化に対する補償技術”の2つであったのではないかと考えます。耳式赤外線体温計の基本的な方法論については、以前より知られていたものと考えられ、米国のみならず、欧州や日本国内でも製品化を目指した技術開発は行われていたのではないかと思われます。米国では、防衛・宇宙分野の中核的技術として、赤外線センサや精密な赤外計測技術の先進的な研究開発が行われており、それらの高度な赤外線技術を基盤として、実用性の高い耳式体温計が世界に先駆けて製品化されたのではないかと思います。あくまで想像ではありますが、水銀体温計やサーミスタ式体温計を製造してきた日本や欧州の体温計メーカーでは、赤外線計測の技術基盤を持っていなかったことも影響して“電子体温計と競争できるような低価格で信頼性の高い赤外線体温計の製品化は、相当先の話”と認識していたのではないかとも思います。そのような状況において、米国ベンチャー企業が実際に競争力のある耳式体温計を開発し、米国市場においてもユーザーからの支持を得た事実を観て、日本及び欧州メーカーの製品開発の動きが急速に高まったのではないかと考えております。議論7 耳式体温計の市場テスト質問(小林 直人) 現実の耳式体温計の信頼度は、どの程度と考えればよいでしょうか。公的な消費生活センターが行った耳式体温計の比較テスト(平成17年度)では0.5-0.7 ℃もの測定値の差が報告されている例があります。この結果は、長期安定性が悪いために最大0.4 ℃程度まで温度目盛が変動してしまう現状では仕方のないことなのか、現在の耳式体温計のトレーサビリティがより普及すれば改善されることなのか、興味のあるところですので、ご意見をお聞かせください。 回答(石井 順太郎) 耳式体温計の性能に対するユーザーレベルでの信頼性については、ご指摘のように現在でも、十分にユーザーの満足を得られていない部分があることは事実であると認識しております。この点については、①物理的な計量器(温度計)としての体温計の性能及び、②人体を測定対象とする医療機器としての体温計の性能の2つに整理して検討することが必要であると考えます。 このうち①については、本文中でも述べたように、赤外線式(放射)温度計として、温度の国際単位(SI)にトレーサブルな標準黒体装置を基準として、目盛校正や適合性評価を行うことにより、測定結果の信頼性を検証し、製品の性能向上へフィードバックすることが可能であり、既に、産総研の研究開発の成果が信頼性の向上に貢献しているものと理解しております。実際の製品の中には、長期的な安定性などの問題点を持つものがあることも事実と考えますが、これらについても、標準

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