Vol.1 No.1 2008
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−52−研究論文:耳式赤外線体温計の表示温度の信頼性向上(石井)Synthesiology Vol.1 No.1(2008) これに対して耳式体温計は、赤外波長域における放射輝度を計測し、プランクの熱放射則に基づいて体温を推定する赤外放射温度計であるため、ガラス温度計や白金抵抗温度計などの接触式温度計と直接目盛りを比較することは技術的に不可能である。このような赤外放射温度計の校正・試験においては、プランクの熱放射則に基づいて理想的な熱放射(黒体放射)を発生する標準の“黒体装置”(黒体炉)が必要となる。筆者らのグループでは、以前より常温域の精密黒体放射源の開発・評価技術の研究に取り組んでおり、それらの要素技術の成果を基盤として、新たに耳式体温計校正用の標準黒体装置の開発に着手した。 図4に産総研が開発した耳式体温計校正用の標準黒体装置を示す。温度目盛の基準(参照温度計)として高精度の白金抵抗温度計を採用し、精密恒温水槽の中に金属製の黒体空洞を水平に設置した。標準黒体装置が輝度温度を実現するときに、その不確かさの要因としては、①参照温度計自身の校正の不確かさ②参照温度計による空洞温度測定の不確かさ ②−1水温槽温度の測定不確かさ ②−2水温槽温度と空洞内壁温度のずれ (空洞からの熱損失の効果)③黒体空洞の実効放射率(理想的な値である1からのずれ) ③−1等温条件にある黒体空洞の空洞放射率 ③−2黒体空洞壁面の温度分布の影響④システムの安定性・再現性などである。 耳式体温計は、通常の赤外放射温度計に比較して広い測定視野を持つので、視野角の小さい一般の黒体装置を用いたのでは適切な校正ができない。このため、モンテカルロシミュレーションにより広視野の耳式体温計に対しても十分高い実効放射率を持つ黒体空洞を新たに設計した[8]。図5はモンテカルロシミュレーションを模式的に示したもので、外部から黒体空洞の中に光線を入射させ、その反射の様子を乱数を用いてシミュレーションし、最終的に空洞の中で吸収される確率から、空洞の実効的な吸収率(すなわち実効的な放射率)を計算した。このとき空洞壁面の反射特性は、完全拡散的な反射分布と鏡面的な反射分布とからなるモデルで表現した。さらに空洞壁面に発生する温度分布の影響について、水温槽での実測データを反映したシミュレーションにより定量評価を行った。 空洞壁面材料の放射率に関しては、別途開発したフーリエ分光式の赤外域放射率測定装置を用いて測定した。分光放射率の測定精度はおよそ1 %以下と評価され[9]、空洞壁面の放射率の不確かさとして取り入れた。放射率データをモンテカルロシミュレーションのパラメータとして採用し、空洞放射率を評価した。さらに、黒体空洞内部での対流・放射による熱損失の影響についても、高分解能な赤外放射温度計による検証評価を行った[10]。 産総研が開発した輝度温度の国家標準器である標準黒体装置の性能(不確かさ)を表1に示す。参照温度計は、高精度な白金抵抗温度計を産総研の国家標準の温度定点装置で校正することにより、5 mK程度の不確かさを確保し、図4に示す恒温水槽装置により、空洞の基準温度を5 mK程度の不確かさで決定した。測定視野の広い耳式体温計に適した黒体空洞の形状を設計することにより、空洞の放射率は0.9995以上を実現し、これに起因する輝度温度値の不確かさを20 mK以下とした。これらの技術開発により、体温域(32 ℃~42 ℃)において、およそ0.03 ℃の不確かさ(95 %の信頼区間)で国際温度目盛(温度の国際単位)にトレーサブルな輝度温度目盛を実現した[11]。 開発した標準黒体装置に関する技術は、後述する耳式体温計に関するJIS規格においても推奨され[12]、標準設備の仕様として採用された。現在共同開発した黒体装置メーカから体温域の黒体装置として製品化されている[13]。6 標準黒体装置による実用黒体装置の校正 次に新たな計量標準体系における、産総研の標準黒体図5 モンテカルロシミュレーションによる黒体空洞放射率評価n番目の光線がk回目に反射した位置の温度値:T(n,k)n番目の入射光θ:体温計視野周囲温度Tambient黒体空洞内壁の放射率:α黒体空洞黒体空洞の基準温度:乱数を用いた反射方向の決定T0T(n,1)~~表1 産総研の開発した標準黒体装置の不確かさ黒体空洞の温度不確かさの要因参照温度計の校正参照温度計による温度測定(水槽の安定性を含む)空洞内部の熱損失等温空洞の放射率空洞壁面の温度分布合成標準不確かさ拡張不確かさ(95%信頼区間)環境温度の変動効果(T環境温度=23±2 ℃)32 ℃37 ℃42 ℃851216211141822283625<1mKmKmKmKmKmKmKmK不確かさ単位

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