Vol.1 No.1 2008
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−48−研究論文:耳式赤外線体温計の表示温度の信頼性向上(石井)Synthesiology Vol.1 No.1(2008)いた体温計マーケットにおいて、電子体温計の開発以来ほぼ四半世紀ぶりとなる画期的な新製品登場への大きな期待があったことも一因であった[2]。 一方、耳式体温計の急速な普及の拡大につれて、体温計ユーザや消費者団体などから、耳式体温計の表示温度の信頼性に対して疑問や苦情が寄せられるようになり、新聞や雑誌などのマスメディアにおいても取り上げられた。そこで産総研は我が国の計量標準研究機関として、新型の耳式体温計の測定精度を確保するための研究を開始し、製造メーカやユーザ、行政機関との調整を経て、2002年までに標準供給体系を完成させて、耳式体温計の表示温度の正確さを保証する技術的・社会的基盤を整えた。 またこの研究の成果である耳式体温計校正用の国家標準器は、2003年にアジアを中心にSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行した際に、アジア諸国の国立標準研究所に緊急に貸与あるいは技術供与され、感染の拡大阻止に貢献した[3]。2 問題解決への官民の協力 現行の水銀体温計と電子体温計は表示温度の信頼性確保のために、経済産業省が所管する計量法の特定計量器に指定され、国の管理の下で型式承認試験とともに、体温計全数に対して精度確認が実施されている(検定)。これに対し、新たに開発・販売された耳式体温計については、当初、表示温度の信頼性の確保については、体温計製造事業者の責任の下で各社独自の技術基準に従った試験・検査が行われるにとどまっていた。 新型の耳式体温計は、その利便性の高さなどが注目され、製品化直後から急速に利用が拡大した。一方において、既存の体温計との測定原理や使用方法の違いなども含めて、その性能や信頼性に対して、ユーザからのクレームも拡大し、1998年には、消費者保護の観点から調査研究を実施する公的機関である国民生活センターから “注意!高めに出る傾向にある耳式体温計”との報告がおこなわれ[4]、その後、新聞・雑誌等においても、“表示温度のばらつきが大きい”、“検温値が高めに出る”などの指摘を受けるようになった[5]。 このような状況の中で国(通産省、厚生省)、医療専門家、消費者団体、体温計製造事業者、産総研(当時:工業技術院 計量研究所)などをメンバーとする「新型体温計調査研究委員会」が1998年に発足した。委員会では国内の実態調査のために、体温計の製造・販売事業者及び医療機関・一般消費者を対象としたアンケート調査を実施した。この調査からは、耳式体温計の国内製造・販売数が年間100万本近くに達している一方で、医療専門家や一般消費者において、耳式体温計の性能、測定原理、使用方法、信頼性などについて十分な理解が得られていない状況が明らかとなった[2]。 産総研は委員会メンバーとも協力して、簡易型の黒体装置を用いて市販耳式体温計の表示温度をチェックしたが、そのうちの幾つかの型式の体温計では、表示温度に0.5 ℃以上の大きなばらつきや偏りを示す結果であった。これら調査研究を通じて、新型の耳式体温計の市場拡大に伴う技術課題として次の2点が明らかとなった。①測定原理や使用方法などに関するユーザへの十分な情 報提供②耳式体温計のための技術基準の作成と、校正・試験用 の計量標準体系の整備 このうち①については製造・販売事業者や業界団体を中心とした課題とされたが、②については産総研を中心とした国の迅速な取り組みが強く要請された。 委員会では、さらに耳式体温計の標準化や計量標準・トレーサビリティ用語4体系の整備状況などについても調査を行った。耳式体温計への取り組みについては、世界的に最も早く市場へ製品が投入された米国と、その後、米国企業からの技術導入により普及が進んだドイツにおいて、先行的な取り組みが行われていた。米国では、産業界を中心に工業規格(ASTM規格)[6]が制定されていたが、一方で、国主導の国家計量標準の整備は進んでいない状況であった。欧州では、国内に大規模メーカを有するドイツが主導し、欧州規格(EN)用語5の準備作業が進められていた[7]。ドイツでは、国家計量標準機関である国立物理工学研究所(PTB)が計量標準の技術開発に積極的な取り組みを開始していた。3 研究目標の設定と達成へのシナリオ 前章で明らかとなった産総研が取り組むべき課題に関して、ユーザニーズを満たすような耳式体温計の標準供給体系の確立を目標に設定し、また目標達成の過程で得られる技術開発の成果は耳式体温計の性能試験にも十分に活用できることが望ましいとした。具体的には耳式体温計の市販品レベルにおいて、表示温度(測定結果)の不確かさとして0.2 ℃(95 %信頼区間)の目標値を設定した。現在水銀体温計と電子体温計(実測式)の計量法における検定公差は0.1 ℃に設定されているため、ユーザの一部には0.1 ℃の不確かさを要求するところもあったが、耳式体温計の現状の技術レベルを推定し、また米国やドイツなどで検討されていた技術基準案[6、7]でも0.2 ℃の不確かさを採用
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