Vol.1 No.1 2008
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Synthesiology Vol.1 No.1(2008)−47−研究論文耳式赤外線体温計の表示温度の信頼性向上− 国家標準にトレーサブルな新しい標準体系の設計と導入 −石井 順太郎1 はじめに 体温は、血圧や心拍数などと共に、人体の最も基本的な生体指標の一つであり、医療診断や健康管理の目的で利用される。体温測定は、医師や看護師などがいる医療機関だけでなく、一般の家庭内でも広く行われることから、体温計には計測器として高い信頼性と実用性が要求される。 体温計は、古くよりガラス製の水銀体温計が使われてきたが、ガラスの破損や人体に有害な水銀の使用が問題となっていた。その後、温度測定用素子として高精度のサーミスタが開発され、それを内蔵した電子体温計が市販されると、取り扱いの容易さや安全性などから急速に利用が拡大し、現在でも広く使用されている。しかしながら、電子体温計においても、正確な体温測定には、体温計の感温部を腋の下など測温部位に通常5分程度密着させておくことが必要であるため、救急患者や重症患者への負担が大きいことや、新生児や乳幼児などの検温が困難であること等が引き続き課題となっていた。 これに対し、1990年代に入り、米国メーカによりセンサ部を耳に押し当てて測定を行う方式の赤外線体温計(以下:耳式体温計)が開発され、米国、欧州などの市場に投入された。図1は市販の耳式体温計の外観とその断面の模式図である。耳式体温計は、光学プローブ、赤外センサ、補償用内部温度センサ、信号処理回路、表示器などから構成されている。光学プローブの先端部を耳孔に挿入し、鼓膜や耳道の皮膚表面から放射される波長10 µm付近の赤外熱放射の強度(輝度用語1)を測定し、プランクの熱放射則用語2の関係から測定部位の温度を決定する。体温計の表示温度の校正は、温度が正確に分かっている黒体放射を耳式体温計に見させることで行う。 人体の皮膚表面は、赤外波長域で放射率用語3が1に近い値を持つことから、正確な赤外放射温度測定が可能な良い対象である。熱放射測定から皮膚の表面温度を測定する方法は、サーモグラフ(熱画像装置)による乳癌の診断技術などにも応用されてきたが、新型の耳式体温計では、測温部位を鼓膜とその周辺の耳道とすることで空洞を形成させ、測定部位の実効的な放射率(ε)をほぼ理想的な黒体条件(ε=1)に近づけ、体温測定の精度を大幅に向上させている。さらに、先進的な赤外センサ技術を導入することにより、1秒程度の短時間測定をも可能とした。この耳式体温計は、従来の接触式(熱平衡型)体温計の課題を克服し、“測定時間の短縮”、“非接触な測定”を可能にする第三世代の体温計として注目を集めた[1]。 日本国内では耳式体温計は1990年代はじめ頃より医療専門家向けの機器として導入されたが、1996年頃より一般用の体温計として正式に医用機器承認を受けて販売が開始されると、国内事業者による製造・販売数が急速に拡大し、数年後には年間100万本に至るまでになった。この背景には、新型の耳式体温計がユーザニーズを満たす製品であると共に、体温計製造メーカにとって成熟市場となって産業技術総合研究所 計測標準研究部門 〒305-8563 茨城県つくば市梅園1-1-1 中央第3 産総研つくばセンター E-mail:j-ishii@aist.go.jp 1990年代後半赤外線を用いた耳式体温計が開発され、国内において急速に普及するとともに、表示される温度の信頼性が一般消費者から問われるようになった。産総研ではこの新型体温計の校正・試験の基準となる国家計量標準を新たに開発するとともに、我が国の産業界・消費者のニーズに適合する標準供給体系を設計・整備し、その技術的検証を行って表示温度の信頼性を向上させた。また、ドイツ、イギリスとの間で国家計量標準の比較を行い、それらの同等性を実験的に検証して信頼性を国際的に確保した。図1 耳式体温計の外観と構造光学プローブ赤外光センサ信号処理回路内部温度センサ37.0 ℃ディスプレイ擬似的黒体空洞として表面温度値を決定鼓膜赤外光外耳道
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