Vol.1 No.1 2008
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−−発刊に寄せて:第2種基礎研究の原著論文誌(吉川)Synthesiology Vol.1 No.1(2008)あったが、同時にその状況は我が国の研究政策にも影響を与えることになる。それは基礎研究の重要性の主張であり、工業技術院傘下の研究所でそれは“基礎シフト”と呼ばれ、研究に強い影響を与えたのであった。このことは我が国の科学研究の歴史の上で重要な出来事であり、より詳細な分析と解釈が期待されるのであるが、現時点で結論を出すことはまだ早すぎると思われる。ここでは、現時点で言える問題のみを指摘しておくにとどめよう。第一に、基礎研究ただ乗り論という見方はあまりに一面的で我が国の功績から目をそらせるものであり、さらにより根源的な問題として、科学的知識の応用についての洞察を欠いているということである。基礎研究は新しい産業の源として極めて重要なものである。しかしそれだけでは人類のための恩恵にはならない。それを社会における価値とし、その上で多くの人の恩恵になるまでにするべきことがある。それは、産業革命で発明される織物の機械生産に始まり、米国の自動車の大量生産などの形で発展し、多くの人々が科学知識を使って豊かになる方法を進化させてきたのである。そして高度成長期に我が国が競争力を高めた最重要な要因としての生産技術は、その進化の過程で理解されるべきものである。例えば作業者が潜在的に持つ知的、情緒的、そして技能的能力を存分に発揮できるような環境は、機械の性能向上と共鳴して高品質、高信頼性、そして低価格の製品を作る生産を可能にした。そしてこの生産形式は現在、発展途上国が発展するために有用な方法として使用されるようになっただけでなく、欧米等の先進工業国においても用いられるようになってきて、現代における豊さを増す主要な方法の地位を得ているのである。したがって私たちは、ただ乗り論を恥じるどころか、世界を豊かにする方法の発明者として大いに誇りを持つべきであるのに、それは必ずしも人々を元気づけることにならなかった。生産技術の進化への我が国の貢献は偶然ではなく、昭和初期の先人たちの、科学政策や教育政策の必然的な成果なのであるがそのことについてはここでは述べない。これが第一の問題である。そして第二の点は、誇りを持つべきではあるにせよ、当時貿易摩擦の混乱が現実に起きたことへの対応である。企業の現地生産などの個別的努力に加え、様々な政策や行政指導も行われた。それは輸入制限撤廃や調達制限などであるが、ここでも研究の世界に影響が及ぶ。それは、科学技術の研究における、応用・開発から基礎への傾斜であり研究機器の輸入促進ということであった。それは必ずしも基礎研究を重視するとか、基礎研究のどの分野に優先順位があるかを指定するというようなことでなく、統計上見える研究費の中で基礎研究費の比を大きくすることが主眼とされた。わが国では、現在もその傾向が強いが当時はもっと顕著に、総科学研究費の中で占める企業出資の割合が多く国費負担が少なく、これが、我が国が基礎研究を軽視しているという論拠に使われることが多かった。したがって、少なくとも国費による研究はすべて基礎研究であると主張することが必要なのであった。その結果、工業技術院傘下の研究所はすべて基礎研究を行うとされ、これが基礎シフトと呼ばれて現実に研究の現場でも基礎研究を重視する傾向が強くなっていったのである。科学の進展を願う限り、基礎研究は時代や状況に関係なく重要なものである。したがってこの決定は基礎研究の成果で見る限り工業技術院傘下の研究所の水準を上げ、そしてまたその蓄積は現在においても貴重なものである。しかし、このことは一方で、研究所が明治以来培ってきた産業振興のために固有の使命を果たしてきたという歴史を考える時、現在はどのようにしてその役割を果たすべきかという点をあいまいにしてしまうことを否定できなかった。一方諸外国では1990年代に入ると、新しく生み出される科学的知識の使用による産業振興を模索し始め、産学協同、公的プロジェクトなどを通じて、知識利用を制度的に促進する政策を取り始める。我が国が、貿易摩擦などで言われた知識の利用がうますぎることに対する批判をかわすために努力を重ねているうちに、世界の情勢はすっかり変わって、知識利用の方法を競う状況が出現したのである。これはかなり深刻な問題である。基礎研究重視という正しい政策をとりながら、一方で本来基礎研究とは矛盾するものでない知識利用の特技をあえて忘れることによって、国家的な基礎重視を強調しなければならなかった点が、第二に指摘しなければならない問題点である。このことを解決する使命を負って発足したのが産業技術総合研究所である。2 本格研究 -ジャーナルの必要性産業技術総合研究所への統合は、上述の問題に応えることを意図した変化であったということができる。ごく簡単にいえば、国際水準で高い評価を受ける基礎研究を遂行すると同時に、我が国の現実の産業振興にも資するという研究所の実現である。これは明治以来の工業技術院の研究所の目標であって特に新しいことではなく、むしろ原点への復帰といえる。しかし、研究所を取り巻く大きな環境変化を考えればただの復帰ではあり得ず、新しい視点が必要となる。例えば、世界のどこでも、企業は基礎研究によって生み出される独自の知識を使って競争力を増さなければならない状況となる。しかしメガコンペティションの時代といわれる中で、産業は基礎研究を行う余裕を失って行く。このような状況では、大学や公的機関が、産業の要請にこ
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