Vol.1 No.1 2008
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研究論文:異なる種類のリスク比較を可能にする評価戦略(岸本)Synthesiology Vol.1 No.1(2008)−36−リスク評価手法を常に社会ニーズに合ったものに革新していくためには、リスク評価のユーザー、つまりリスク管理を行う側が、リスク評価コミュニティに対して、積極的にニーズを訴えかけていく、あるいはリスク評価の手法について指示を出すことが必要である。リスク評価は,学際的な仕事であると言われるが、異なる分野の専門家の仕事を切り貼りするだけでは完成しない。社会ニーズに応えるというアウトプットを前提に、それに向けた首尾一貫した思考プロセスに貫かれていなければならない。用語説明用語1:計測値を小さい順に並べた場合に、小さい方から95 % (大きい方から5 %)に位置する数値用語2:化学物質の摂取量(曝露量)を説明変数に、健康影響 の発現確率を被説明変数とし、両者の関係を数式で表 現したものキーワード化学物質、リスク評価、社会ニーズ、定量化、相互比較、費用対効果参考文献[1] 中西準子, 岸本充生: 詳細リスク評価書シリーズ3 トルエン, 丸善, 東京(2005).[2]東野晴行, 井上和也, 三田和哲, 篠崎裕哉, 吉門洋: 曝露・リスク評価大気拡散モデル(ADMER)全国版の開発と検証, 環境管理, 40, 58-66(2004).[3]厚生省: 居住環境中の揮発性有機化合物の全国実態調査について(1999).[4]塩津弥佳, 吉澤晋, 池田耕一, 野崎淳夫: 生活時間による屋内滞在時間量と活動量:室内空気汚染物質に対する曝露量評価に関する基礎的研究 その1.日本建築学会計画系論文集 511, 45−52(1998).[5]H.Ukai, T.Watanabe, H.Nakatsuka, T.Satoh, SJ.Liu, X.Qiao, H.Yin, C.Jin, GL.Li and M.Ikeda: Dose-dependent increase in subjective symptoms among toluene-exposed workers, Environmental Research, 60(2), 274-289(1993).[6]D.Feeny, F.Furlong, M.Boyle and G.W.Torrance: Multi-attribute health status classification systems: Health utilities index, PharmacoEconomics, 7(6), 490-502(1995).(受付日2007.9.19,改訂受理日2007.11.16)執筆者履歴岸本 充生(きしもと あつお)1998年3月、京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了、通産省工業技術院資源環境技術総合研究所安全工学部を経て、2001年4月より、独立行政法人産業技術総合研究所化学物質リスク管理研究センター、リスク管理戦略研究チーム主任研究員。主な著作は『環境リスクマネジメントハンドブック』(編著、朝倉書店、2003年)、『詳細リスク評価書シリーズ3 トルエン』(共著、丸善株式会社、2005年)。査読者との議論議論1 質調整生存年数と健康寿命との関係コメント・質問(小野 晃)異なる種類のリスクを、人の寿命の損失と言う共通評価軸の上で評価し、それらを相互に比較可能にしたことは大きな成果であると思います。これまでリスクに関する議論は、「絶対に安全である」とか、「事故は起こりえない」といった極端な理解に流れる傾向がありましたが、本手法が普及することによって、より合理的なリスクの判断がなされ、社会全体として柔軟な対策が可能となることを期待します。図5で取り上げている自覚症状を見た場合、今回取り上げた共通評価軸は一般に「健康寿命」と言われているものと同じと考えてよいでしょうか。回答(岸本 充生)健康寿命は、健康上の問題で日常生活に影響がない期間を指します。図3で言えば、生活の質(QOL)が1から大きく離れ始めるところを指しています。QOLが1よりも有意に下がったらそれをゼロと同等とみなしていることになります。QOLがゼロになるところが通常の寿命です。この場合は、QOLがゼロでない(死亡していない)限り、QOLを1とみなしていることになります。そういう意味では、本論文で採用している質調整生存年数(QALY)は、健康寿命と通常の寿命のちょうど間に位置し、健康状態を最も的確に反映した指標であると言えます。議論2 他のリスクとの比較可能性質問 (小野 晃)本評価手法は、たとえば地震に対する原子力発電所の事故のリスクにも適用できるものでしょうか。またそのリスクを化学物質のリスクと共通の評価軸上で比較することは可能でしょうか。さらに本評価手法は、鳥インフルエンザのような国境を越えたリスクや、グローバルな温暖化による地球環境の破壊のリスクにも適用できるものでしょうか。回答 (岸本 充生)質調整生存年数(QALY)は、死亡影響(死亡することによって余命を損失する)と非死亡影響(死亡には至らないが生活の質が下がる)を合わせたリスク指標であるので、ヒト健康リスクへの影響に関しては、原子力発電所の事故リスクも含めて、ほとんどのものに適用可能です。多くの場合、リスクはワーストケースを想定して描かれます。どれくらいワーストであるのかもリスクごとにバラバラです。そうした場合に、相互の比較は困難です。本評価手法の特徴は、1)リスクを質調整生存年数(QALY)という共通指標で表現したこと、2)中央推計値(期待値)ベースの評価を行ったこと、です。この2つの条件を満たせば、どのようなリスクとも比較可能です。国境を越えたリスクに対しても、適用可能ですが、集計値だけでなく、リスクを受ける主体が誰であるかがより重要になってくると思われます。地球温暖化のような将来世代への影響については、時間を超えたQALY損失(計算できたとして)をどのように集計すべきかについては議論の余地があります。議論3 質調整生存年数の結果の不確実性コメント・質問(小野 晃)図2に示されているように、右側の新しい社会ニーズを満たすべく左側に向かって研究のシナリオを作成していく作業が、本研究では重要であったと思います。その結果新たな要素技術の開発が必要であることが次々に明らかにされたこと自体が、非常に大きな成果と思います。本研究は、それぞれの要素技術に関して新たな開発に着手しつつも、それがまだ完了していない(結果が必ずしもまだ十分でない)状況にあるのではないかと想像します。また評価の過程の中で大胆な仮定を置いてもいます。そのような状況の中で、ヒト健康リスクの定量化とリスク

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