Vol.1 No.1 2008
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研究論文:異なる種類のリスク比較を可能にする評価戦略(岸本)Synthesiology Vol.1 No.1(2008)−35−種類のリスクについて同様な計算ができれば、リスクの大きさの相互比較を行うことができるので、本手法の有効性がさらに発揮される。3.6 リスク削減対策の費用対効果 大気拡散モデルや用量反応関数を利用することによって、発生源からヒト健康リスクまでがつながったことで、発生源において排出削減対策を行った場合の健康リスクの削減効果をシミュレートし、「獲得QALY」として定量的に表現することが可能となった。排出削減対策の1年あたりの費用を計算すれば「QALYを1年獲得するための費用」が計算できる。ここでは、トルエンの2001年度のPRTR届出排出量の10 %を、蓄熱燃焼装置を設置することによって削減するという対策を行った場合の費用対効果を試算した。この対策による1年あたりの獲得QALYは約1.6年と推計された。蓄熱燃焼装置によるトルエン1トン排出削減費用は3.3万円(処理ガス量10万 m3N/時間)から10万円(処理ガス量7,500 m3N/時間)と推計されたため、これをPRTR届出排出量の10 %に相当する約13,000トンに当てはめると、年間費用は4.3~13億円となった。以上から、「QALYを1年獲得するための費用」は約2.7~8.1億円と計算された。このような形で表された単位リスク削減費用は、異なる化学物質同士だけでなく、感染症、事故、災害といった他の種類のリスク削減対策とも比較可能であり、リスク削減の優先順位付けに有用な情報が提供できる。4 考察と今後の課題現行のリスク評価手法も最初は、環境基準値を設定したいという社会ニーズから逆にたどって、それぞれの技術要素が開発され、それらは標準的な方法として定着し、そこに専門分野と専門家が生まれた。そのため、リスク評価に関して社会において新たなニーズが生まれたとき、各分野の専門家は手持ちの技術要素をそのまま適用してしまうことは容易に想像できる。リスク評価のユーザー側も、専門分野の中身までなかなか吟味することができない。一度、専門分野として確立してしまえば、そこでは研究分野独自の論理で学問は自律的に発展していく。しかし、そこで生まれた最先端の研究が新しい社会ニーズを満たすことができるかどうかは自明ではない。新しいリスク評価において必要となる各分野の要素技術は、それぞれの専門分野の中からは内生的に生まれてくる必然性はないからである。本研究では、異なる種類のリスクの間での比較、あるいは、リスク削減対策の経済効率性の評価といった新しい社会ニーズを満たすために必要なリスク評価の要素技術のそれぞれを、下流の社会ニーズの側から上流に向かって1つずつ検討し、必要な改訂を施していった。評価に用いた仮定には、それぞれの専門分野から見れば、根拠が薄いものも含まれていることも確かである。今後はこれらの課題を解決していくとともに、各分野の専門家に研究ニーズを正しく伝えることも必要である。また、本研究で採用した方法論が他の化学物質や他の種類のリスクの評価にも使えることを示していくことも課題である。図5 自覚症状別および曝露濃度別の発症確率表1 トルエン曝露による日本人全体の1年あたり質調整生存年数(QALY)の損失室内発生源寄与分移動発生源と低排出固定発生源寄与分高排出事業所寄与分合計質調整生存年数の損失(年)1592810197皮膚が荒れる手足の筋力が弱くなった耳が聞こえにくい物事に集中できない臭いがわかりにくい喉の調子がおかしい言葉がしゃべりにくい味がわかりにくい曝露濃度[mg/m3]発症確率[%]18080100120140160020406002010515253035

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