Vol.1 No.1 2008
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研究論文:異なる種類のリスク比較を可能にする評価戦略(岸本)Synthesiology Vol.1 No.1(2008)−33−図3 質調整生存年数(QALY)の概念1、死亡を0)をとった場合のグレーの部分の面積に相当する。何らかの影響でQOLが点線まで下がった場合、損失QALYは面積の減少分に相当する。損失QALYは、QOLの低下分を含むことによって、損失余命だけでは捉えられない健康影響の大きさを表現することが可能になる。 化学物質に曝露されることによって生じるヒト健康リスクの大きさをQALYで表現するためには、年間平均曝露濃度を、摂取量と発症確率の間の関係式を表す用量反応関数用語2に代入することで求められた症状の発症件数に、死亡を0、健康を1として導出された症状ごとのQOLの重みを掛け合わせる必要がある。用量反応関数は、自覚症状を指標として慢性的影響を調査したヒト疫学データから導出されることが望ましい。計算に必要な個人曝露量は「年平均値」であり、屋外大気中濃度と室内空気中濃度を生活時間の比率で重み付けたものとして表される。屋外大気中濃度の全国分布を大気拡散モデルにより推計するためには、日本全国の大気排出量の分布データが必要である。これらはすべて上限値ではなく、中央推計値あるいは平均値(および可能ならばその分布)として推計されることが望ましい。 以上のようなニーズを前提に、各要素技術の現状について再検討を行った。その結果、以下に具体的に述べるように、既存の要素技術の多くは、そのままの形では適用することができないことが分かった。そのため、それぞれを目的に合うように修正したり、大胆な仮定を置くことで計算を進めたり、新たに手法を開発したりしながら、図2のグレーの矢印に沿って、トルエンのリスク評価を実践していくことにした。3.2 排出量の推計初期のリスク評価は、化学物質の濃度の実測値をベースに行われていたために、排出量の推計や発生源の探索は重視されてこなかった。しかし、排出削減対策の効果のシミュレーションを行うためには、発生源と排出量を量的に把握しておく必要がある。例えば、排出の大部分を占めていると想定した排出源で対策を実施したにもかかわらず、本当はそこからの排出量が占める割合が総排出量の半分に過ぎないとしたら、実際の効果は想定したものの半分にしかならないことになる。また、排出量が推計される場合でも、非意図的排出や自然発生源からの排出などの不確実性の大きな項目は計上されないことが多いため、総排出量の推計値は過小評価になりやすい。トルエンの場合は、PRTRの開始当初は、自動車燃料からの蒸発分や、暖機前のエンジンからの過剰排出量(コールドスタート排出量)が計上されていなかったため、これらについては独自に推計を試みた。3.3 個人曝露濃度分布の推計 化学物質の濃度の計測は,濃度の高そうな場所や条件のもとで実施される傾向があり、日本に住む人々が実際にどのような濃度分布に曝露されているのか分からなかった。計測データは、大気中濃度については当該化学物質を排出する事業所近傍、室内濃度については新築家屋に極端に偏っているうえに、大気環境と室内環境での評価は別々に実施されていた。また、室内濃度の計測データのほぼすべてが1家庭での1日平均値であり、年平均値やその家庭間変動に関するデータは皆無であった。 屋外大気中濃度に関しては、作成した排出量の分布データをもとに、産総研で開発された大気拡散モデル(AIST-ADMER)を用いて日本全国の5 kmグリッドごとの大気中濃度を予測した[2]。屋外大気中濃度の全国平均値は1.5 µg/m3で、最大値は67 µg/m3となった。室内濃度については、情報公開請求によって入手した日本全国の207家庭の室内濃度と屋外大気中濃度の1日平均値を利用した[3]。トルエンは室内からの排出量が多いため、室内空気中濃度が屋外大気中濃度よりも高くなる傾向がある。そのためまず前者から後者を差し引いたものを、室内発生源寄与濃度とし、これに対数正規分布をあてはめ、「(A)1日平均値の家庭間変動」とした。これをもとに、年間平均値の家庭間変動を求めるために以下のような手順を考案した。 まず、1つの家庭における年間を通した室内発生源寄与濃度の日間変動の大きさ、すなわち「(B)1日平均値の家庭内変動」を推計する。次に、「(A)1日平均値の家庭間変動」は、「(C)年間平均値の家庭間変動」に、「(B)1日平均値の家庭内変動」が加わったものであると想定する。つまり、(C)は(A)から(B)を差し引いたものとして求められる。室内発生源寄与濃度は、室内発生量に比例し、換気回数に反比例すると考えられるが、両者の日間変動に関するデータは存在しなかった。そこで、専門家への聞き取り調査を行い、実際に人が住んでいる家屋について、「1生活の質(QOL)損失QALY年齢死亡=0死亡健康=1

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