Vol.1 No.1 2008
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研究論文:異なる種類のリスク比較を可能にする評価戦略(岸本)Synthesiology Vol.1 No.1(2008)−32−をわずかに超えた程度では多くの人にとっては何ら影響が出ない。 第二は、スクリーニング的なリスク評価である。環境省による環境リスク評価、経済産業省による初期リスク評価、食品安全委員会による各種リスク評価などがこれに相当する。ここでは、有害性の評価に加え、曝露量の推計にもワーストケース・シナリオが適用され、例えば実測値や予測値の95パーセンタイル値用語1が使われる。これが想定する社会ニーズは、有害性の大きさや曝露量を過大に見積もったうえでもリスクの懸念がないと評価されるような物質をリストから除くこと、すなわちスクリーニングである。リスクの懸念があるとされた物質にはさらに詳細な評価が必要となるとともに、この時点で予防的な対策がとられることもある。 このような曝露評価や有害性評価の方法やリスクの判断基準は、参照値を定めたい、あるいはスクリーニング判定がしたいという社会ニーズに合わせて考案されたものである。図1に示したグレーの矢印が評価の手順であるのに対して、構成する要素技術は白色の矢印の方向で開発されたと想像される。つまり、現行の各要素技術は、ある特定の社会ニーズを満たすために最適化された手法であり、社会ニーズが違えばそれらは必ずしも最適な手法であるとは限らないのである。 近年、新たな社会ニーズが生じている。それは、例えば、ある化学物質とその代替物質の間でのリスクの比較、あるいは、化学物質のリスクと、事故や気候変動などの異なる種類のリスクとの間で、どちらを重視するかといった意思決定であり、また、リスク削減対策がその費用に見合ったものであるかという費用対効果の評価である。安全寄りの仮定(不確実性やばらつきがある場合には必ずリスクが大きく計算されるような仮定)のもとで行われた有害性評価と、ワーストケースを使って大きめに見積もられた曝露評価では、このような社会ニーズには応えることができない。しかし、評価目的と評価手法の間にある対応関係に自覚的でないならば、図1で確立されたリスク評価手法をそのまま他の社会ニーズに適用してしまうことになる。その結果、化学物質のリスクは過大に評価され、リスク削減効果は過大に推計され、対策の費用対効果は期待値(最もありそうな値)よりもずっと良いものとして計算されてしまう。また、化学物質同士でもそれぞれの安全寄りの程度(例えば不確実性係数の大きさ)が異なるために、相互の比較は困難である。第一、第二とは大きく性質の異なる第三の社会ニーズに応えるためには、リスク評価の手法が初めて開発されたときと同じように、もう一度、社会ニーズという最下流に立ち返り、そこから逆に上流側に位置する各要素技術へとたどってみることが必要である。3 異なるリスクを相互比較するための定量化手法3.1 社会ニーズからのバックキャスト リスク評価の作業手順とは逆向きに、新たな社会ニーズから出発し、それを達成するためにはどのような要素技術が必要になってくるかを順に検討していった。図2に白い矢印でその検討プロセスを示した。 ある化学物質のリスクを他の化学物質や他の種類のリスクと比較したり、費用対効果によってリスク削減対策に優先順位を付けたりするためには、リスクの大きさを共通指標で表すことが必要である。健康影響に関する共通指標に必要な条件は、死亡影響(死亡することによって余命を損失する)と非死亡影響(死亡には至らないが生活の質が下がる)の双方を考慮できることである。われわれは、医療分野で使われている生活の質(Quality of Life: QOL)を用いた質調整生存年数(Quality Adjusted Life−Year: QALY)を採用することにした。QALYとは、図3に示すように、横軸に年齢、縦軸にその時点でのQOL(健康を図1 現行のリスク評価プロセスと社会ニーズ図2 新しいリスク評価プロセスのための要素技術の再検討その2リスクの判定参照値の決定個人曝露量の推計(上限値)無毒性量の決定環境中濃度の計測(上限値)有害性評価(文献レビュー)(社会ニーズ)不確実性係数その1その3リスク比較費用対効果個人曝露量分布(年平均値)ヒト健康リスクの定量化自覚症状を健康影響の指標とした用量反応関数環境中濃度分布の推計(事業所周辺・一般環境・沿道・室内)排出量の推計 +排出源の特定有害性評価(文献レビュー)3.5節3.6節3.3節3.4節3.2節/
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