Vol.1 No.1 2008
19/85
研究論文:高齢者に配慮したアクセシブルデザイン技術(倉片ほか)−16−Synthesiology Vol.1 No.1(2008)なければならない。学術的には、個々の要因ごとに実験条件を設定し、各条件での聴覚特性をいくらでも細分化して研究することができよう。しかし、設計現場で必要とされるのは、そのような細切れの知識ではない。デザイン技術として完成させるためには、最終的にそれら個々の研究の成果を一つの手法に“統合”していく過程が必ず必要となる。 また、現場で有効に活用される技術の開発を目標とするならば、それは研究者の独善的な成果物であってはならない。人間特性に関する複雑なモデルを立て、込み入ったデザイン手法を用いれば、設計の精度はいくらでも向上させることができよう。しかし、精密なモデルほど、一般にその適用範囲は狭くなりがちである。それでは、われわれの多様な生活環境に対応可能な技術の開発にはつながらない。さらに、精度の良さと手法の使いやすさは、相反することが少なくない。たとえ優れたデザイン技術であっても、設計現場で広く活用されるものでなければ意味がない。 規格の原案作成段階では、学術的な正確性と技術的な有効性の両側面からの検討が行われる。そして、研究者だけでなく現場技術者らの意見も取り入れながら、一つの標準的手法としてまとめ上げる作業が行われる。そのようにして標準化された手法は、長い期間にわたり、広い分野の設計現場で使用されるツールになるものと期待される。3 消費生活製品の報知音とその問題 本稿で扱う「報知音」とは、製品の動作状況をユーザに知らせるために、製品本体やリモコンから発せられる音である。これには、操作パネルのボタンを押したときにフィードバックとして鳴らされる音、製品の動作終了を知らせる音、誤操作や機器の異常を知らせるための音などが含まれる。これら報知音は適切に設計することにより、製品の使いやすさを向上させ、誤使用の発生率を低下させることができる。 しかし、従来の報知音は必ずしも意図どおりの機能を果たしていないため、ユーザからの苦情の原因となる事態がしばしば発生していた。苦情の内容は、大きく2つに分けられる(図1)。(1)報知音が聞こえない:「報知音が鳴ったようであるが、聞こえなかった。」 (2)報知の内容が分からない:「報知音は聞こえるが、それが何を意味しているのか分からない。」 報知音の設計において、音響的には3つの次元での操作が可能である:(a)周波数(音の高さ)、(b)音圧レベル(音の大きさ)、(c)時間パターン(音の時間変化)。各々の次元で報知音を適切に設計していれば、上記のような苦情は生じなかったはずである。 報知音が聞こえないのは、音の周波数と音圧レベルの選択が適切でなかったために起きた問題であった[4]。われわれの聴力は加齢に伴って次第に低下していく。若齢者には聞き取りやすい音であっても、聴力の低下した高齢者には聞き取れないことがある。一方、報知の内容が分からないのは、製品の種類及び製造メーカによって異なる時間パターンで報知音が鳴らされていたことが原因であった[5]。 そこで、2002年、(財)家電製品協会が中心となって、報知音の周波数と時間パターンを定めたJIS S 0013[6]が制定された。その規格では、高齢者には聞き取りにくい高い周波数の報知音を使用しないこと、報知内容ごとに特定の時間パターンの報知音を使用することなどが推奨された。これによって、報知音設計において検討すべき3つの要素のうち、周波数と時間パターンの2つが規格化されたことになる。 残されたのは、音圧レベルの問題であった。報知音の音量を上げれば、たとえ聴力の低下した高齢者であっても聞き逃しが少なくなるのは確実である。しかし、それでは逆に若いユーザにとって“うるさい”音になりかねない。また、製品が使用される周囲の生活環境音も問題であった。静かな場所であれば十分聞こえる報知音であっても、周囲に妨害する音があると聞き取れないことがある。しかも、聞き取りの程度には個人差があり、特に高齢者でその差が著しい。報知音の音量設定の問題はJIS S 0013の原案審議の際にも指摘され、消費者及び障害者団体の代表者から解決が強く求められていたものであった。しかし、さまざまな生活場面で高齢者にも若齢者にも聞き取りやすいよう音量を適切に設定するのは容易でなく、対応が見送られていた。 そこで筆者らは、この3つの要因、すなわち(i)加齢に伴う聴力低下、(ii)生活環境音による妨害、及び(iii)個人差の存在を考慮して、高齢者にも若齢者にも実際の生図1 報知音の問題点と解決すべき課題報知音の問題点(1)聞こえない!(2)分からない!報知音設計の3つの次元(a)周波数(b)音圧レベル(c)時間パターン問題解決のために考慮すべき要因(ⅰ)加齢に伴う聴力低下(ⅱ)生活環境音による妨害(ⅲ)個人差の存在
元のページ