Vol.1 No.1 2008
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研究論文:不凍蛋白質の大量精製と新たな応用開拓(西宮ほか)Synthesiology Vol.1 No.1(2008)−12−れる。このため本技術は凍結技術分野の省エネ化に役立つと期待される。表面処理を施した基板表面に不凍蛋白質の高純度品の水溶液を吹き付けることによって同蛋白質を固定化する実験が電気化学分野の研究者により行われている。この実験には図3に示す魚類III型の不凍蛋白質が用いられる。氷結晶表面にある酸素原子の組に対してIII型不凍蛋白質の氷結晶結合部位(図3左、球で表示した原子団)は特異的に結合することが知られている[14]。我々は、この3次元構造の特徴に注目した。すなわち、III型不凍蛋白質のN末端残基のアミノ基を基板に固定化するとN末端と対称の位置にある氷結晶結合部位が基板の外側を向くと考えた。無数の不凍蛋白質が固定化される結果、非常に大きな“氷結晶平面”が基板上に形成されると我々は予測した。図6Cに例として約6,000億個/cm2のIII型不凍蛋白質が固定化されているアルミニウム基板を示す。詳細説明は別の機会に譲るが、これまでの実験の結果は1)基板表面に接する水は−3〜0 ℃で凍結すること(氷核機能)、2)基板表面から一方向凍結が起こること(透明氷を生成する機能)を示している。ここで、不凍蛋白質固定化の対象となる材料は特に基板状である必要はなく、容器状でも粒子状でも良いと考えられる。図6DはIII型不凍蛋白質を溶かした細胞保存液の写真である。ヒトや動物の細胞は生体外に取り出すとその生命機能が停止するが、移植や再生医学の分野では細胞や臓器を凍結状態あるいは非凍結状態で保存する試みが行われている。これらの凍結保存にエネルギー消費量の多い急速冷凍庫や液体窒素が使われる理由はすでに述べた。ここでは再生医学と電気化学の研究者らにより行われた非凍結保存実験の結果を紹介する。まず1万個程度のヒト由来培養肝細胞HepG2を非凍結温度(〜0 ℃)で市販の細胞保存液に浸して保存実験が行われた。その結果、この肝細胞の90 %が約12時間後に死滅することが示された。一方、図6Dの液を用いて同じ実験を行った結果、不凍蛋白質存在下において肝細胞は72時間経過後もその90 %以上が生命機能を維持するという結果が得られた[13]。小腸、腎臓、臍帯、リンパ球、子宮頚管、胸水等に由来する培養細胞についても同様の不凍蛋白質の細胞保護効果が認められた。グラム量の高純度不凍蛋白質は細胞レベルでの効果を調べるには充分な量だが、組織や臓器に対する保護効果を調べるためには不足する。この問題を克服することが今後の課題の1つである。6 評価と将来の展開この研究は、バイオ分野の基礎研究をいかにして実用化に結びつけるかについて考える機会を我々に与えた。キーワードは「量」であり、蛋白質の性能が良くても量が不足していると実用化に向けたシナリオに乗らないことが明らかになった。グラム量の蛋白質が基礎研究と食品、医学、工学分野の研究を結びつけたことによって、技術の実証・試行(製品化研究)の段階まで進めることができたと考えている。我々が興味深く思っている点の1つは、実用化に向けて構築した不凍蛋白質の大量精製技術が、結果として“天然資源からの物質抽出”という古典的なものになったことである。しかし、技術開発の過程には、分子生物学から3次元分子モデリングまでの多くの基礎研究成果が生かされている。不凍蛋白質の応用が見込まれる技術や製品の種類は多いため、今後の技術的精査に費やす時間も技術の実用化を支配する1つの要素になると考えられる。特に、医学分野で不凍蛋白質を用いるためには毒性試験、変異原性試験、発ガン性試験等の生物試験を行い厚生労働省等関係機関の使用許可を受ける必要がある。また、GMP基準を満たす製造施設も必要になる。現在、これらの点に注意しながら慎重に医学応用研究が進められている。また、オフィスビル等で用いられている冷蓄熱技術への不凍蛋白質(粗精製品)の利用も我々が期待する実用化技術の1つである。現在の汎用の冷房空調は冷媒を配管に流すことによって建物を冷やす方式のものである。この冷媒を氷懸濁液(氷スラリー)に置換することができれば従来よりも少ないエネルギー消費量で建物を冷やすと期待される。不凍蛋白質の粗精製品はこの氷スラリーの凝集を抑制する効果を発揮すACDB1B2図6 本研究の成果A.不凍蛋白質高純度品の写真(約11 g)。この試料の現在の精製効率は約3 g/5日間/契約職員1名である。B1.汎用冷凍庫で凍結後に解凍した寒天ゲル。氷核の成長によってゲル構造が破壊され水分が流出してしまう。B2.凍結解凍後の不凍蛋白質入り寒天ゲル。氷核の成長が抑制されるためゲル構造が維持される。C.凍結促進機能(氷核機能)を発揮する不凍蛋白質固定化基板(素材:アルミニウム)。D.魚類不凍蛋白質を含む細胞保存液(200 mL)。0 ℃付近(非凍結状態)において様々な細胞の生存率を飛躍的に向上させる。
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