Vol.1 No.1 2008
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研究論文:不凍蛋白質の大量精製と新たな応用開拓(西宮ほか)Synthesiology Vol.1 No.1(2008)−−材料は、極地魚類の静脈から注射針を用いて採取した血液である。死んだ魚からの血液採取が困難であることも同蛋白質の希少性を一層高めたと考えられる。我々は、特に厳寒の季節がある北海道に不凍蛋白質を有する動植物が生息すると予測し、それらを含む日本国内の様々な低温適応動植物を集めて不凍蛋白質の有無を調べた。この目的のために、我々は1 µLの検体に含まれる不凍蛋白質を瞬時に検出する顕微鏡システムを構築した[11]。札幌医科大学医学部附属臨海医学研究所(利尻島)や北海道野付漁業協同組合等に魚類の提供を依頼し、我々自身も漁港、河川、市場、食品スーパー、昆虫専門店などから検体を集め、約160種類の動植物について不凍蛋白質の活性検出を試みた。その結果、予測が的中し、カレイやカジカ等国内の50種類以上の魚類が不凍蛋白質をもつことを発見した。日本国内の植物(小麦)、昆虫(オオクワガタ)、菌類(担子菌)等にも不凍蛋白質が含まれていることが明らかになった。興味深いことに、食品スーパーで売られている鮮魚の切り身にも、ワカサギ等小魚をすり潰した液にも、また珍味として売られているコマイやカレイの魚肉乾製品にも強い不凍蛋白質の活性が認められた。これらの結果は何を意味するのだろうか? 果たして不凍蛋白質は血液からしか精製できないのだろうか? 我々は特定の不凍蛋白質生産魚類について魚体の部位とそれから精製される不凍蛋白質の量の間の関係を調べてみた。その結果、図2Aに示すように筋肉のみを原材料とした場合にも相当量の不凍蛋白質が精製できることが示された。このことは医学者や専門家には常識なのかも知れないが、一般には良く知られていない事実と思われる。ここで、心臓部を含むcとdから精製される不凍蛋白質の量がaよりも多いことはcまたはdが原材料に適することを示唆する。しかしながら、cまたはdを用いると脂肪や消化酵素等の共雑物が精製経路を汚すために精製効率の低下を招いてしまう。魚の頭部と内臓を除去する工程(ドレス処理)は産業的に確立されている。我々は不凍蛋白質を精製する原材料として魚体の筋肉を用いることができると考えた。“日本産不凍蛋白質”は北極や南極の生物がもつ不凍蛋白質と同じ種類かどうか? これは誰もが思う素朴な疑問であろう。我々は複数の日本産魚類由来の不凍蛋白質について遺伝子配列、3次元分子構造、氷結晶結合機能等の解析を進めた。その結果、これらは北極や南極に生息する動植物の不凍蛋白質と高い相同性をもつことが判明した。我々は、動植物が産生する天然の不凍蛋白質は複数の異なるアイソフォーム(アミノ酸組成が僅かに異なる分子種異性体のこと)の混合物であることに注目した。特に、北海道東部沿岸に生息するゲンゲ科魚類には13種類もの不凍蛋白質アイソフォームの発現が認められた。我々は最初その理由が理解できなかったが、実験を進めるうちに不凍蛋白質の混合物は単一のアイソフォームよりも優れた氷結晶結合活性を示すことが明らかになった[12]。単独では微弱な氷結晶結合活性(熱ヒステリシス)しか示さない不凍蛋白質アイソフォームが、活性の強いアイソフォームの微量添加によって強い活性を示すようになるのである(図2B)。このようなアイソフォーム間の協同的効果は細胞保護機能に関しても認められた[13]。遺伝子工学や化学合成からはアイソフォームの混合物が得られない。これらの発見が、不凍蛋白質を実用化するまでのシナリオをもたらした(図3)。シナリオの出発点は、我々が発見した日本産魚類由来の不凍蛋白質に関する分子機能解明(A)である。シナリオの柱をなすのは魚類の筋肉を原材料として不凍蛋白質アイソフォームの混合物を大量に精製す図2 A.不凍蛋白質精製の原材料として用いた魚体の部位と収量の関係。B.熱ヒステリシス活性(氷結晶結合能力)の不凍蛋白質濃度依存性を表す模式図熱ヒステリシス活性を示さない単一アイソフォームに対して微量の高活性型アイソフォームを混合すると前者にも強い活性が観測されるようになる[12]。筋肉abcd75 mg73 mg90 mg107 mg原材料筋肉頭部筋肉頭部心臓筋肉頭部心臓内臓収量/100 g精製効率◎△△AB不凍蛋白質濃度(mM)2.00.51.01.50.00.80.20.40.60.0アイソフォーム混合物単一アイソフォーム熱ヒステリシス (℃)
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