Vol.1 No.1 2008
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研究論文:不凍蛋白質の大量精製と新たな応用開拓(西宮ほか)Synthesiology Vol.1 No.1(2008)−−氷核の成長を効果的に抑制する機能(図1D)や細胞の生存率を飛躍的に高める機能(図1E)が認められている[3、4]。これらは、同蛋白質を用いることによって極端に低い温度や特別な装置を使わずに含水物を凍結保存する新しい技術をもたらすと考えられた。我々は、不凍蛋白質を安価かつ大量に精製することによってこれらの技術の試行が可能になり、実用化に至ることができると考えた。そこで本研究では1)実用化に適した不凍蛋白質の探索と機能解析、2)実用化量の不凍蛋白質を精製するための手法の開発、および3)より現実的な不凍蛋白質技術の試行の3つを具体的な目標に設定した。2 研究目標と社会とのつながり蛋白質は生物の細胞内において絶え間なく合成されているL-アミノ酸の重合体であり、組成と重合度の異なる膨大な種類のものが代謝、運動、貯蔵、免疫反応、構造形成等の多様な生理機能を担っている。酵素等の蛋白質は生体外に取り出しても機能を発揮することから、食品産業、化学工業、および医学の分野において材料として用いられている。特に注目したいのは、火山、熱水帯、深海、砂漠地帯、北極・南極、有害物質中等に生息可能な生物が有する環境適応蛋白質であり、これらには現代の科学技術では容易に作ることのできない特殊材料としての用途が期待できる。1969年に南極海に生息する魚類の血液から血清蛋白質として発見された不凍蛋白質はそうした特殊蛋白質の一つである[5]。不凍蛋白質に匹敵するほどの強力な氷結晶成長抑制能(熱ヒステリシス活性[3])を示す化合物は他に見出されてはいないが、バイオサーファクタント[6]やポリビニルアルコール[7]には弱い氷結晶成長抑制能力が認められている。現在、蛋白質分野の基礎研究は実験装置の高感度化によって極微量の試料があれば十分に完遂し得る。例えば1マイクログラムの量があると蛋白質の組成が解析され、数ミリグラムの量があると蛋白質の3次元分子構造解析が可能になる。構造生物学の分野では10〜20ミリグラムの遺伝子発現実験のことを大量発現と呼ぶ習慣があり[8]、多くの研究者はこの量を“大量”と認識している。このため、グラム量以上の蛋白質を得ることに関心をもつ人は少ないと言える。しかし、基礎研究の成果を材料工学、医学、食品などの異分野の研究と結びつけ、更に“実用化”という目標に到達しようとするならばこの量では不足する。例えば不凍蛋白質の場合、これを食品に混入してその凍結品質の時間依存性を解析する、あるいは種々の細胞の生存率の蛋白質濃度依存性を解析して再現性のある結論を得たいと考えれば、少なくともグラム量以上の試料が必要になる。もちろん、極微量の試料を用いた研究成果をそのまま実用化できる例もあると思われるが、モデル実験やミニスケールで確認された性能がより現実的な系においても発揮されるのか否かを、それを専門とする研究者や技術者の協力を得て検討する過程が多くの場合に必要になる。すなわち、基礎研究の成果を異分野間の共同研究や実用化の段階にまで発展させられるか否かを決定付ける要因の1つは“量”ということができる。本研究の場合、グラム量以上の不凍蛋白質を精製することによって、同蛋白質に関する異分野との共同研究や実用化技術の試行が実現するものと考えられた。さらに、キログラム〜トンという量の同蛋白質の精製技術の開発によって実用化に至ることができると見込まれた。一般に、蛋白質の大量生産を扱う研究分野は生物工学(またはバイオテクノロジー)と呼ばれている[9]。生物工学が発展した引き金は1973年に勃発した石油ショックとされ、従来のエネルギー消費型の生産技術を生物の力を利用した省エネルギー型のものに転換する必要性がこの分野の研究背景にあった。近年の生物工学の柱は遺伝子工学と培養であり、目的物質を発現する遺伝子をもった菌株や細胞を大量培養することによって、少ないエネルギー消費量でその大量生産を達成している。世界でも特に生産量の多い洗剤用酵素、デンプン加工用酵素、医療用蛋白質、及びバイオエタノール等は“優良”菌株の培養が生産技術の要にあり、蛋白質生産といえば遺伝子工学(+培養)と考える人も多い。しかし、大量発現を担う優良菌株の発見や遺伝子組換え体の発現効率を工業的レベルに上げることは容易ではない。幾つかの成功例を除けば、現実的な工業利用に至っている蛋白質の数は極めて少ないと言える[9]。これらの事実を踏まえ、我々は先入観をもたずに様々な蛋白質精製の手法(遺伝子発現、化学合成、天然資源からの抽出等)を検討することが必要と考えた。3 発見とシナリオこれまでに生物学、遺伝子工学、生化学、氷物理学、生物物理学、構造生物学、計算機化学等の広範な分野の研究者が不凍蛋白質の分子機能解明を中心とした研究に取り組み、それらの成果は数百報以上の論文として発表されてきた。その中では不凍蛋白質の産業や医学の分野における潜在的な有用性も指摘され、90年代には食品分野での不凍蛋白質技術の可能性も論じられた[10]。しかし、現実的な不凍蛋白質の技術創出はなされなかった。その最大の理由は不凍蛋白質の希少性を克服することが出来なかったためと考えられる。現在までの不凍蛋白質の精製物(約1,300円/mg、重松貿易(株)、2007年10月)の原

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