Vol.1 No.1 2008
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Synthesiology Vol.1 No.1(2008)−−研究論文西宮 佳志、三重 安弘、平野 悠、近藤 英昌、三浦 愛、津田 栄*不凍蛋白質は北極や南極に生息する動植物に固有の生体物質と考えられてきた。我々は日本国内で捕獲される多くの食用魚類が不凍蛋白質を有することを発見し、それらの筋肉から実用化に必要な量の不凍蛋白質を精製する技術を開発した。筋肉から精製された不凍蛋白質は複数の異性体の混合物であり、遺伝子工学や化学合成から得られる単一の異性体よりも優れた機能を発揮した。現在、不凍蛋白質を用いた様々な実用化技術が検討されている。1 研究目標不凍蛋白質(英語名:Antifreeze protein)は、凍結寸前の水中に生成する無数の氷核に強く結合する機能と約0 ℃下で細胞の生存率を向上させる機能の2つを併せ持つ生体物質である。本研究の目標は、不凍蛋白質の機能を応用した技術を開発し、それを産業や医学の分野において実用化することである。図1に従来の技術と不凍蛋白質の応用が期待される技術の例を模式的に示す。一般に水は0 ℃で凍結すると思われているが実はそうではない。例えば、約−18 ℃に設定されている汎用の冷凍庫内に静置した水は凍結せずに−18〜0 ℃の温度域にまで冷却される。このような水は一般に“過冷却水”と呼ばれている[1]。水の凍結は過冷却水の中に無数の氷の単結晶(氷核)が自然発生することによって開始する(図1A上)。氷核は周囲の水分子を結合して結晶成長しやがて水全体を埋め尽くす大きさになる(図1A下)。このように、我々の身近にある氷は全て“結晶成長後の氷核の集合体(多結晶体)”である。ここで、約−7〜0 ℃の温度範囲は最大氷結晶生成(温度)帯と呼ばれており、食品や細胞等の含水物がこの温度範囲に長く晒されるとそれらの内部に大きな氷が生成してしまう[2]。その結果、含水物の構造が破壊されて凍結前の品質や生理機能が失われる。従来、この問題は最大氷結晶生成帯を短時間で通過させる凍結技術によって克服されてきた。その技術とは“より低い温度を用いること”であり、例えば−80〜−60 ℃の急速冷凍庫や−196 ℃の液体窒素を利用することである。すなわち、より低い温度を用いるほど氷核の成長は強く抑制される(図1B)。粒径の小さい氷核は食品や細胞の内部を破壊しにくいため、含水物は凍結前の品質や生理機能を保持できる。この他にも氷核の結晶成長を抑制する装置等が開発されてきた。しかしながら、何れの技術もエネルギー消費量の増加を伴うものであり温暖化ガスの排出量を削減する目的にはかなっていない。我々は、不凍蛋白質の機能は比較的少ない冷却エネルギーを使って水を凍結させる技術に応用可能と考えた。例えば、不凍蛋白質分子の氷結晶結合部位を無数に集積させた基板(不凍蛋白質固定化基板、図1Cに四角で示す)を作製すると、その表面は従来(図1A)よりも高い温度(−3〜0 ℃、図1C)で水を積極的に凍結させる機能(氷核機能)を発揮すると予測された。また、不凍蛋白質には産業技術総合研究所 ゲノムファクトリー研究部門 〒062-8517札幌市豊平区月寒東2条17丁目2-1 産総研北海道センター*E-mail:s.tsuda@aist.go.jp0 ℃-18 ℃〜-60 ℃-196 ℃〜0 ℃-3 ℃〜0 ℃-18 ℃〜4 ℃0 ℃〜AEDCB従来の技術期待される技術図1 従来の技術と不凍蛋白質の応用が期待される技術の比較A〜Dの枠内の円は過冷却水を示し六角形は氷核を示す。C〜Eの小さな白丸は不凍蛋白質を表す。Cの四角は不凍蛋白質固定化基板を表す。Eの円は不凍蛋白質を含む細胞保存液を示す。A.−18〜0 ℃に冷やされた過冷却水の中に無数の氷核が発生し(上)それらが結晶成長して氷になる(下)。B.大きな冷却エネルギー(−196〜−60 ℃)を用いると氷核の成長は抑制される。C.不凍蛋白質固定化基板(氷核基板)は−3〜0 ℃の温度域で水を凍結させる。D.不凍蛋白質は−18〜0 ℃下で氷核の成長を強く抑制する。E.不凍蛋白質は0 ℃付近で細胞の生存率を高める。不凍蛋白質の大量精製と新たな応用開拓− 実用化を指向する蛋白質研究 −

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