独立行政法人産業技術総合研究所
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新春に想う 2013


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独立行政法人
産業技術総合研究所

理事長
のまくち たもつ
野間口  有 


はじめに

 わが国の社会や経済に再び輝かしさを取り戻すため、企業や大学、国の機関や自治体と連携して、わが国らしいオープンイノベーションを力一杯推し進めなければ、と思いながら新しい年を迎えました。

 ここ数年、わが国の成長を支えてきた企業、特に製造業の競争力低下が各方面から指摘されてきましたが、特にエレクトロニクス企業の昨年度業績や今年度予想を見て、その声は一段と大きくなっているように思われます。経営戦略に問題があったという意見が少なくありませんが、むしろ、デジタル化時代にあって、円高、法人税高、経済連携協定(EPA)への対応の遅れなどの厳しい経営環境にあるわが国企業が取ってきた、個別単品製品を大量に生産して成長を図るビジネスモデルの限界が露呈したものと言えましょう。新しい競争モデルの構築が必要となっています。私たちのオープンイノベーションもそのことを意識して推進すべき時と思います。

日本を元気にする処方せん

 わが国の産業全体の競争力が落ちたのではないかという見方に、私は俄(にわ)かには賛同できません。冷静に見てみると、自動車産業は、震災とタイの大洪水の被害を乗り越え復調の軌道に乗りつつあり、化学、鉄鋼、工作機械、重電等々の産業も、欧州の財政不安に端を発した世界的な景気停滞の影響を受けてはいますが、世界と比較して相対的には健闘していると言えます。わが国産業の底力はまだまだ健在だと思います。企業の円高への対応力も私が経営者であった10年ほど前に比べると格段に向上しており、仮にそのころの1ドル100円のレベルに円高が修正されると、苦境にあるエレクトロニクス企業も含め収益は大幅に改善することになるでしょう。EUの一部の国の厳しい財政状況を考えると、夢のような仮定の話ですが。

 ともかく、円高の大幅修正には時間がかかりそうです。厳しい経営環境は当分続くものとして、わが国産業の底力を維持する工夫が必要と思います。このことに関し、これまで何度か述べたことも含みますが、私が重要と考えていることをいくつか述べることにします。

 国内マザーラボ、マザー工場の強化を忘れてはいけません。最近の新聞などの報道によると、どの産業分野でも生産拠点の海外進出が増えており、海外での生産高が国内を上回る例も少なくありません。この傾向は今後も続き、大企業では海外でのR&D拠点の設立も増えるでしょう。しかしこういう時にこそ、国内主要拠点の高度化が必要です。日本企業では一般的に、国内で生まれた事業上のノウハウも含めた広義の知的財産(IP)が海外拠点の成長発展を支える基盤になるからです。このIPの流れを絶やさない工夫が、持続性ある競争力確保のためには重要です。そのためには、各企業は国内拠点の強化にも注力することが大切で、それができる環境を整えることがわが国にとっては重要です。

 中小企業のイノベーション力維持・強化も重要です。産総研は、中小企業との共同研究、技術相談への対応などに力を入れています。産総研の各地域センターで行っている"本格研究ワークショップ"にも多くの中小企業の経営者が参加されます。はっきりと統計を取ったわけではないですが、そのうちかなりの企業が、海外に進出していると見られます。進出の動機はおおむね製品供給先の日系大手製造業の要請に応えた形が多いようです。これらの企業は、進出当初こそ製品の競争力を持っていますが、いずれ陳腐化に見舞われ、次世代のためのR&Dが必要となります。ところが、グローバル展開してリソースが不足がちの中小企業でこれを遂行するのは大変なことであり、学や官の支援が必要です。

 技術プッシュからマーケットプルへとイノベーションのあり方を変えることも必要です。国内で勝てば世界でも勝てる、作れば売れる、といった時代は終わりました。易しいことではないけれども、日本企業が置かれている厳しい環境下でもグローバル競争で持続的に成り立つ製品・事業のイメージをつくり、そこから見て実現可能なイノベーション戦略を立てることが重要です。科学者の知的発見を源流とするイノベーションのリニアモデルでは、「死の谷」という難関を乗り越える必要があると考えますが、出口すなわち事業側から見るとその谷に横たわる技術の数々は、磨けば光る"原石"群とも言えるのです。事業戦略の起点をマーケットプル化することによって、事業の選択と集中や国内外比率の適正化、わが国が弱いとされるIT・サービスの創出等々の方向性も自然と具体的に見えてくると考えます。

 標準化と競争力の係りについても考えを整理してかかる必要があります。先進国だけでなく、大きな市場や労働力、資源を持つ発展途上国も、世界経済へ大きな影響力を持つようになった現代にあっては、国際標準が、公平で公正な経済競争を担保し、かつ持続可能な発展をサポートする知的インフラとして重要性を増しています。標準化によって何もかもオープンにしてしまうから、競争相手、特に低コスト国の外国企業にすぐキャッチアップされるのだという意見がありますが、これは大きな誤解です。競争力は、先に述べたように円高や税制をはじめさまざまな要因に左右されるもので、標準化のせいにしてしまっては、間違った理解をすることになります。標準化はすべてをオープン(公開)にするものではありません。自社の生み出した技術がより多くの人に使われるように公開する部分と、公開せずに自社事業の特徴付けに活用する部分とに分ける戦略性が必要です。企業経営者の中には、いまだに社内の業務効率化のための社内標準(これは可能な限り共有化を図る)と国際標準の意味を混同している人が多いようで、残念でなりません。

 米国型を目指すのか、ドイツ型を目指すのか、それとも80年代のわが国型を目指すのか、ということも競争力強化を考える上で重要です。往時のわが国型を再度というのは論外として、どうも評論家の皆さんの論調は米国型をわが国の競争力のあり方として、期待しているように思われます。グーグルがないじゃないか、iPadを生み出せなかったじゃないか、と誠にかまびすしい状況があります。しかし、産業競争力を論じるときベンチマークすべきは米国型だけではありません。ものづくりにしろ、サービスにしろ、製造業の比重の大きなわが国が意識すべきはむしろドイツ型ではないかと私は考えます。皮相な論調に左右されず、わが国に合った型を追究すべきでしょう。上述してきた事項に留意することと誠実に仕事に打ち込む国民性によって、ドイツ型には近いけれどそれを越え、さらには米国型の良さも取り込んだ、わが国らしい競争力が新たに生まれると信じています。

産総研イノベーション・ワークショップ in タイとオープンラボ2012

 前述した"本格研究ワークショップ"では、各地の自治体、産業界、教育界の方々に参加いただいていますが、その初の海外版ともいうべき催しをタイのバンコクで、昨年10月末に開催しました。

 タイには多くの日本企業が進出しています。企業の皆さんは自社の経験を通じて、グローバル化というものを理解していると思いますが、わが国全体のグローバル化の過程では、実に多様な活動がありました。産総研もタイの国立研究機関との間に長くて強い協力関係を築いてきました。タイ産業界の近代化に少なからぬ貢献をしてきたと私たちは自負しています。そのことを日タイ双方の関係者に理解してもらうことは、両国経済連携の深化に大きく寄与するであろうと考え、今回のワークショップを企画しました。

 「タイ国内のものづくりを支える計量標準」、「製品の信頼性を担保する基準認証」、「グリーン・イノベーションを目指した日タイ連携」をテーマとした講演、およびパネル討論「タイにおける校正、基準認証の今後の展開」の4部構成で行いました。

 計量標準やそれに基づく校正や認証は、製品の品質を確保する上で不可欠のものであり、年々重要性を増しています。最近、この分野への欧州系機関の進出が著しくなっていますが、日系機関やタイ国研の機能向上も着実に進んでいることを、講演やパネル討論を通して示すことができたと思います。産総研は引き続き、支援していきます。

 さらに、タイにおいては、JICA、NEDOなどの支援による数々の国際連携プロジェクトが遂行されていますが、その中から、バイオ燃料と太陽光発電に関する研究開発を取り上げ、日タイ双方が報告しました。いずれもタイ側は国研、日本側は企業の人が現状や課題について報告しました。事業開発や国際標準づくりに産総研の成果が活用されている例を示すことにより、両国の産業界の皆さんに、国研間連携の効果を認識してもらえたのではないかと考えています。

 総勢約230名の参加者がありました。企業からは、日系およびその関連企業中心に約100名、タイ国研、大学から約100名、産総研、経産省およびJETRO、NEDO現地関係者約30名が参加しました。各講演やパネル討論では、フロアからの質問や意見表明が活発でした。

 このワークショップは、タイ国家科学技術開発庁(NSTDA)、タイ科学技術研究院(TISTR)、タイ国家計量標準機関(NIMT)、タイ工業省工業標準規格局、経済産業省、JETRO Bangkok、NEDO、泰日経済技術振興協会、バンコク日本人商工会議所など、日タイの多くの機関から後援を受けました。特にJETROからは、構想段階から準備段階、実行段階とひとかたならぬご協力をいただきました。心からお礼申しあげます。

 産総研はタイ以外に、インドネシア、オーストラリア、中国などでも、相手国の国研と日本企業が参加する三者連携を行っていますが、これからますますこのような取り組みに力を入れるべきと考えています。

 また、国内のビッグイベント、"産総研オープンラボ2012"を10月25、26日に開催しました。今回は新しい試みとして、グローバル企業の住友電工の松本正義社長、旭化成の藤原健嗣社長の講演、元気な地域企業の代表者の講演、イグノーベル賞受賞記念講演など多数の講演を企画しましたが、それらの効果もあって例年を上回る4,700名以上の方にご参加いただきました。例年通り企業からの参加者の割合が最も多く約80%、そのうち中小企業の方が20%強でした。企業の技術部門のリーダークラスの参加が年々増えています。イノベーションを推進するための"原石"を探しに訪れる人が増え、真剣度も増していると感じています。

第1回研究機関長会議(RIL Summit

 昨年10月初め京都で、第9回のSTS(Science and Technology in Society)フォーラムが開催されました。この会合はわが国の提案、主導で続いているもので、今や世界中から1,000人を超える政界、産業界、アカデミアの影響力のある方々が集まって、議論を交わす場として定着しているものです。このフォーラムに先立って、世界の公的研究機関の代表者の意見交換の場を持ちたいという狙いで、第1回研究機関長会議(First Global Summit of Research Institute Leaders)を理化学研究所と産総研が共同で開催しました。

 世界12ヶ国から16の機関が、日本からは理化学研究所と産総研が参加しました。産総研は現在、世界の35の機関と研究協力覚書(MOU)を締結していますが、そのうちCSIRO(豪)、CNRS(仏)、CEA(仏)、BPPT(インドネシア)、A*STAR(シンガポール)、NSTDA(タイ)、TISTR(タイ)、ORNL(米)の代表も参加しました。グローバルな競争と連携がますます進んでいく中で、研究機関を取り巻く諸問題について議論する良い機会であったと思います。私たちの連携の輪をさらに広げる可能性も出てきました。私なりのサマリーは以下のとおりです。

 研究機関は、人類の直面している地球規模課題への挑戦、および自国に恩恵をもたらすR&Dの推進、という二つのミッションを持つ。第一のミッションについては、国・地域によって課題の緊急度は異なるかもしれないが、研究機関は受動的にならず能動的に、中長期的視野も持って取り組まねばならない。研究機関間の連携協力は重要であるが、特に、基礎研究中心の機関と応用の得意な機関との協力は大きな相乗効果が期待できる。二番目のミッションに関しては、国のポリシーに沿ってR&Dに取り組むことにより、その国特有の課題解決に主導的役割を果たすべきである。これらのミッション遂行に当たっては、産業界や大学と協力して、世界レベルの研究開発インフラを整備し、かつ人材資本の充実も図らねばならない。また、持続的成長につながるイノベーションへの投資が極めて重要である。

 途上国から見ると頭脳流出が気になるところであるが、先進国から見るとそれはいずれ頭脳循環につながり、双方にメリットが生ずるはずである。そのためいかなる研究機関も、優秀な研究者にとって魅力ある研究環境やイノベーション環境を整備する努力をしなければならない。

 参加した16機関の代表からはおおむね良い意見交換の機会であったとの評価が得られ、今後STSフォーラムのプログラムの一つとして継続的に開催することとなりました。

 一方、STSフォーラムの本会議では、科学技術のもたらす"光と影"についての議論が印象に残りました。東日本大震災によって引き起こされた福島第一原子力発電所の事故とその影響を直視した、冷静な科学技術的考察の必要性がいろいろな角度から指摘されました。私たち人類は、科学技術の進展から多くの恩恵を受けている反面、環境汚染、気候変動、資源枯渇、感染症、さまざまな倫理問題など、多くの困難な課題にも遭遇していますので、これからの科学技術イノベーションは、恩恵(光)の拡大だけでなく、困難な課題(影)解決をも視野に入れたものでなくてはなりません。産総研などの公的研究機関にとっては、そのような考えが特に重要であると強く感じました。

おわりに

 一昨年の秋、日本経済新聞社の後援を得て、「日本を元気にする産業技術会議」を発足させました。産総研・企業・大学の研究者や技術者、さらには企業経営者、政府関係者にも参加してもらって、わが国産業を活性化するための議論を重ねてきました。その成果を昨年12月、元気にするための総括提言と、エネルギー・資源、革新的医療・創薬、先端材料・製造技術、IT・サービステクノロジー、人材育成、国際標準化などの各論編にまとめました。この1月には、その内容を紹介するシンポジウムを開催することにしています。このたびの提言が、わが国産業界の新しい競争力づくりに貢献できることを願っています。