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理事長
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知識が富を生み出す仕組み
沈滞、閉塞感、不景気などと言った気力を喪失させるような言葉が飛び交い、しかもその責任を誰かに押し付けようとする風潮の中でさまざまな批判がもっともらしく言われた年が終り、新しい年が明けた。
私たちは、このような昨年の、評論と言うよりほとんど嘆き声とでも言える言葉の氾濫の中から、今年は何とか脱出したいと考えている。そこに特効薬はなく、すべての人が自分の持ち場で努力するしかない。他の誰かのせいにしたり、自分を外において解説したりすることは、ほとんど意味がないだけでなく、むしろ事態を悪くするだけである。
産総研に身を置く者として、私たちは何をするべきなのか。確かに昨年の嘆きを生み出した事実は重く存在しているのであり、それを解消するために、社会における多くの役割の中の一つを担わなければならないことは間違いない。その一つを見定めることが、必要なことである。
産総研は研究所である。研究所とは知識を生産する場である。このことからすれば、私たちの役割は明解で、その生産した知識が現在の事態を解決するのに役立つことと言うことになろう。私たちの生産する知識とは、産業技術に関するものである、とすれば、それは産業に役立つものでなければならない。
大切なことは、産業は社会の中で富を作り出す最も大きな仕組みであると認識することである。従って、私たちは「知識が富を生み出す」という人類を特徴付ける行為の中心に居ることになる。
知識が富を生み出すという人類にとって本質的なことの現代的状況とは、科学技術研究への国家的投資と、その成果の産業応用という世界共通の政策である。科学技術創造立国をうたう我が国はその先頭を走っているし、また昨年急速に盛上った産学官連携への動きもこのことを裏付けている。
これらのことは、誰もが認めていることである。しかし、その行為の中心に居る当事者である私たちは、もう一歩踏み込んでその内容を把握しておく必要がある。恐らく最も重要なことは、現代における知識の特徴的な形態を十分に把握しておくことである。
土着知識への回帰
国際科学会議(ICSU)などで行われている議論の中で、新しく生まれて来た注目すべきものの一つに、環境問題に対する現代の科学的知識の限界という視点がある。環境問題は、物理、化学などの自然科学的知識によって理解することはできるが、その劣化を阻止したり修復したりするためには、人文社会科学を含む広範な学際的知識を必要とする。しかし、そのためには現代の知識は余りに細分化され領域化されてしまっている。そしてそれらを統合するための「科学」はほとんど存在していない。
ところが、現代的な科学とは異質ではあるが、環境と適合する行為を人間に教える伝統的な知識がある。それらは、地域固有のものであり、その地域の自然あるいは社会的状況において有効性を持つ知識で、「土着知識」と呼ばれたりする。歴史的には、それらは迷信とか、最近では反科学、にせ科学などの、科学に対する攻撃を排除する過程で過度に否定されて来たものである。しかし、次第に土着知識は見直すべきであるとされ、反科学などとの本質的な違いを明確に定義する方法の確立と並行して、その利用を考え始めている。
土着知識の特徴は、対象についての客観的事実としての知識と、その人間にとっての意味とを組としてまとめて保有するという点である。例えばある植物は、どのような状況でどの時期に生育するという事実についての知識と、その植物は薬効を持つという知識とが組になっている。そして実際に人々はそれを使用する。即ちそこには、事実知識と使用知識とが組として存在している。
それに対して現代科学の知識は、事実と使用とが分離している。より正確に言えば、事実知識を人間にとって役に立つかどうかという関心から解き放つことによって成立した体系的知識なのである。この解放の結果、現代科学はきわめて急速にその知識量を拡大して行った。
膨大な量となり、しかも増え続ける現代の科学的知識、即ち事実知識を前にして、それをどうやって使用し、富を生み出して行くかが大きな問題として浮上して来たのは、事実知識と使用知識の分離の当然の帰結である。従って今、我が国が研究に大きな投資をして、それが現在の深刻な状況を打破することに役立つことを期待するのは、知識の歴史から言って一つの必然であると同時に、現代の知識が持つ構造的な問題に挑戦する大きな事業を前提にしてのことなのである。
土着知識に学び 知識のコヒーレンシーを創り出す
産総研は、この事業の重要な担い手である。そして、事実知識と使用知識との関係の再興、しかもそれを科学的方法によって関係付けるのであるから、そこには知識の歴史上初めての試みが行われようとしていると言ってよい。それは、産総研においては、思索家としてのユニット長の洞察により、事実知識を生み出す研究者と使用知識を生み出す研究者とが、それぞれ自律的に研究しながら、しかもユニット内に知識のコヒーレンシーを創出するというものである。
研究者は自らの研究動機に従って研究し、それをユニット長が管理する、という何気ないユニットの日常の背景には、実はこのように大きな課題が横たわっている。即ち、知識の現代的状況が持つ構造的問題の克服と、それを通じて増え続ける知識を富に変換する過程を定式化することである。
本格研究充実の年へ
今年が昨年の嘆きを客観的問題に画きなおし、すべての人が自らの持場でその解決に努力する年であるとすれば、産総研は既に足を踏み出した、第二種基礎研究を軸とする本格研究を、真の意味で本格的なものにする年であると言ってよいであろう。

