日本で最初に全国版の地質図と呼べるものが出来たのは1890年、明治23年のことでした。時代は明治維新を経て日本が近代化を目指してひた走る真っ最中。富国強兵と殖産興業をかかげ、いろいろな制度や組織が作られていきました。そのような時代背景の中、産業の発展に必要な資源(化石燃料や金属)の確保は国の最重要課題の一つでした。その課題をクリアするために地質の調査が始められたのです。
それ以前の1882年、この日本最初の地質調査を行った「地質調査所」が設立されていました。現在、地質調査所は「地質調査総合センター」と名前を変え、産業技術総合研究所(産総研)に属しています。つまり、日本の地質学の始まりに、産総研は少なからず関わりを持っているわけです。
当時、まだ地質学の知識のない日本ではドイツ人の学者を招いて日本国中の地質調査を実施しました。その調査を通じて日本の研究者たちが地質学に関する多くを学んだことは想像にかたくありません。

最古の日本地質図(1890年)
日本の地質学の始まり
地質調査所で始まった地質図作りは、現在も産総研に引き継がれています。
つまり、冒頭で紹介した地球を相手にする探偵たちとは、産総研の研究者なのです。
私たちが普段目にする地図は目に見える地上の状況を描き込んだものですが、地質図は土壌や草木に覆われて目に見えない地球の表面を描き出したものです。では、目に見えない地球のようすをどのようにして探り出すのでしょうか。ある探偵の行動を追ってみましょう。
まず、研究計画をたてます。調査場所の航空写真を見たり既存の資料を基にして、どのような調査を行っていくか立案するのです。計画が決まったら、今度はそれに従って野外調査を行います。
野外調査と一口にいっても、例えば東京の銀座と北海道の大雪山のような山奥では、その調査方法はまったく異なります。
ここでは山間部での調査を見ていきましょう。
1回の調査はおよそ2〜3週間で、その間現場近くに泊まり込みます。そこを調査拠点に、毎日計画通りのルートを歩き続けます。つまり登山をするわけです。そしてひたすらあるものを探し続けます。それは露頭と言われる地層が露出した部分で、激しい造山運動の証拠が残されています。
露頭を発見したら目で観察するのはもちろんのこと、各地層の岩石試料を採取します。地層が露出している向きや角度も重要な情報を与えてくれます。とにかく露頭の情報を一つ足りとも見逃すまいと、五感をフル稼働させます。臭いをかいだり、味見することさえあります。
地質図ができるまで


「岩石薄片の顕微鏡観察によって鉱物組成を明らかにし、岩石の成り立ちを探ります」(吉川主任研究員)


斜面を登って地質調査(左)。
地層の走向・傾斜をクリノメータで測定(左下)。
ハンマーで岩石試料を採取(上)。
岩石の断面をルーペで観察(右上)。
標本箱に整理した岩石試料(右下)
