発表・掲載日:2013/01/21

柔軟で耐熱性に優れたポリイミド=シリカナノコンポジット多孔体

-高圧二酸化炭素を用いて空孔を形成させる新しい手法-

ポイント

  • 高圧二酸化炭素を用いてポリイミドとシリカからなるナノコンポジット多孔体を製造
  • 数十nmの微細孔と高い空隙率をもち、耐薬品性と機械的強度に優れる
  • 高温で使用できる断熱材料や低誘電率材料として、省エネや電子材料の特性向上などに期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノシステム研究部門【研究部門長 山口 智彦】ナノケミカルプロセス研究グループ 依田 智 研究グループ長らと、ユニチカ株式会社【代表取締役社長 安江 健治】(以下「ユニチカ」という)福林 夢人 研究員は、共同でポリイミドシリカからなる柔軟で耐熱性の高いナノコンポジット多孔体を製造する技術を開発した。

 この技術は、ポリイミドの原料となる前駆体(ポリアミック酸)と、シリカの原料となるシリコンアルコキシドの混合物の溶液に、高圧二酸化炭素(CO2)を溶解させた後、減圧することにより空孔を形成させるものである。これにより、数十nmの微細孔をもち空隙率の高いナノコンポジット多孔体を製造できる。この多孔体材料は、耐熱性、柔軟性、耐薬品性、機械的強度に優れている。従来の高分子(ポリマー)系材料が使用できない数百℃の温度領域で使用できる断熱材料や低誘電率材料などの用途が想定され、熱エネルギーの有効利用、省エネルギーへの貢献、電子材料の特性向上などが期待される。

 この技術は、2013年1月30日より東京都江東区で開催される「nano tech 2013 第12回 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議」で展示される。また、2013年3月22日より滋賀県草津市で開催される「日本化学会第93春季年会(2013)」にて発表する予定である。

ポリイミドとシリカからなるナノコンポジット多孔体の写真
ポリイミドとシリカからなるナノコンポジット多孔体

開発の社会的背景

 ポリイミドは、耐熱性や機械的強度、絶縁性、耐薬品性などに優れ、耐熱材料や電子部品用の絶縁材料として幅広く用いられている。多孔質にすることで断熱性を向上させ、誘電率を低下できるため、断熱材料や低誘電率材料として多孔質ポリイミドが注目されているが、近年、性能向上のためにより高い空隙率の多孔体が求められていた。大きな空孔を作れば空隙率を容易に増大できるが、機械的強度や断熱性能も低下するため、できるだけ小さな空孔を高密度で分散させて空隙率を増すことが望まれている。

 また最近では、熱エネルギーを有効に利用するため、100~300 ℃程度の温度領域で複雑な形状の自動車や機械部品に使用できる断熱材のニーズが高まっている。この温度領域では従来の発泡ポリマー系断熱材は使用できず、また、セラミックス系断熱材では柔軟性や耐衝撃性、耐振性などが不足しているため、柔軟で耐熱性に優れた高性能断熱材料が求められている。

研究の経緯

 産総研は、高圧CO2とポリマーを用いたナノコンポジットの製造技術に取り組んできた。これまでに、高圧下ではシリコンアルコキシド、ポリマー、CO2の3成分が均一に混合することを利用し、この均一相状態からの相分離によって断熱性能の高いシリカとポリマーのナノコンポジットを製造する技術を開発している。一方、ユニチカは、独自のポリマー技術を駆使し、ポリイミドの前駆体溶液やポリイミド粉末などを開発している。さらには、熱処理だけの簡便なプロセスによりポリイミド多孔質層を形成できる前駆体溶液を開発した。

 両者は2011年5月より共同研究を行い、高圧CO2を用いたポリイミドの多孔質化とシリカとのナノコンポジット化の研究に取り組んできた。

研究の内容

 ポリイミドそのものは熱的、化学的な安定性が高く、溶融混練法などの手法によって他成分を導入することは困難である。しかし、ポリイミドの前駆体溶液には、比較的容易に他成分を混合できることが知られている。そこで、ポリイミドの前駆体溶液にシリカの原料であるシリコンアルコキシドを溶解して、前駆体溶液中にシリカを析出させる手法と、前駆体溶液に高圧CO2を導入することで引き起こされる相分離現象を利用することにより、ポリイミドとシリカのナノコンポジット多孔体が得られることを発見した(図1)。

今回開発したポリイミド=シリカナノコンポジット多孔体の製造方法の図
図1 今回開発したポリイミド=シリカナノコンポジット多孔体の製造方法

 ポリイミドの前駆体としてはポリアミック酸を用いる。ポリアミック酸を溶媒に溶解した前駆体溶液にシリコンアルコキシドを混合すると均一相状態となる。これに高圧のCO2を導入して20 MPaまで加圧、313 Kに加熱すると、CO2との親和性が低いポリアミック酸や前駆体溶液に極微量含まれる水が相分離してCO2と溶媒は液滴を形成する。この状態で、シリコンアルコキシドの加水分解縮重合が進み、シリカ微粒子が析出する。その後減圧すると、CO2と溶媒からなる液滴が取り除かれて気孔となり、シリカを含んだポリアミック酸の多孔体が得られる。この多孔体を加熱してポリアミック酸をイミド化し、多孔構造を固定することにより、最終的にポリイミド=シリカナノコンポジット多孔体が得られる。

 この手法により、75 %以上とポリイミド系材料としては極めて高い空隙率の多孔体が作製できる。図2に作製した多孔体の電子顕微鏡像を示す。作製条件の最適化により、20~30 µmのセルが均一に形成された構造が得られた(図2左)。また、セルの壁も数十nmの微細孔をもつ多孔構造で、50~100 nmのシリカ微粒子が内包された、ユニークな構造が形成されていた(図2右)。なお、シリコンアルコキシドを加えないと、空隙率の高い多孔体は得られない。これは、シリコンアルコキシドがCO2の溶解量の増大や、微細構造の固定化に寄与しているためと考えられる。

今回開発したポリイミド=シリカナノコンポジット多孔体の微細構造図
図2 今回開発したポリイミド=シリカナノコンポジット多孔体の微細構造

 この多孔体は高い柔軟性を持ち、引っ張り試験によってじん性を持つことが確認された。また、熱分解温度も600 ℃以上と、ポリイミドがもつポリマーとして最高レベルの高い耐熱性を有していた。

 これらの性質から、今回開発したポリイミド=シリカナノコンポジット多孔体は、耐熱性と高い空隙率、機械的強度を併せもつ、低誘電率材料、絶縁材料、断熱材などとしての応用が期待される。

今後の予定

 現在、断熱性能の評価を進めている。今後は高い空隙率を維持したままで微細孔の割合を増すことにより、さらなる強度の増大、断熱性能の向上に取り組む。また電子材料、断熱材料としての性能評価を行い、5年以内の実用化に向けた量産技術の開発を進める予定である。


用語の説明

◆ポリイミド
イミド結合を持つ高分子(ポリマー)の総称。熱的、化学的、機械的な安定性に優れた材料として知られる。電子回路の絶縁体、耐熱保護フィルム、分離膜などとして広く用いられている。有機溶媒に不溶で、溶融しないため、有機溶媒に可溶なポリアミック酸を前駆体として成形加工を行った後、加熱などによって脱水環化(イミド化)して各種製品が得られる。[参照元へ戻る]
ポリイミドの説明図 (イミド結合)
◆シリカ
二酸化ケイ素(SiO2)のこと。またはSiO2によって構成される材料の総称。[参照元へ戻る]
◆ナノコンポジット
ナノメートルレベルの大きさを持つ複数の材料が複合化した構造を持つ材料の総称。[参照元へ戻る]
◆シリコンアルコキシド、加水分解、縮重合
アルコールのヒドロキシ基(―OH)の水素をケイ素(Si)に置換した構造を持つ化合物の総称。テトラエトキシシラン(Si(OC2H5)4)などが代表例である。水と反応して分解しアルコ-ルを放出(加水分解)し、ついでヒドロキシ基(―OH)同士が水を放出して結合(縮重合)することによりシリカを形成する。[参照元へ戻る]
シリコンアルコキシド、加水分解、縮重合の説明図  (加水分解)
 (縮重合)
◆空隙率
多孔体において、全体の体積に占める空孔の割合を示す。たとえばシリカゲルは50~60 %、発泡プラスチックは90~98 %のものが多い。[参照元へ戻る]
◆低誘電率材料
電子デバイスにおいては半導体素子の微細化、低消費電力化に伴い、多層の配線の間の絶縁膜による電気容量が増大し問題になっている。これを防ぐため絶縁膜をできるだけ誘電率の低い材料とすることが求められている。一方、半導体素子の配線工程では耐熱性が求められるため、シリカ系材料を多孔化して平均の誘電率を下げる手法が多く用いられているが、多孔化に伴う機械的強度の低下が大きな問題となっている。[参照元へ戻る]
◆均一相、相分離
複数の物質から成る系は温度、圧力、組成によって、相の状態(固相、液相、気相)およびその数が変化する。単一の相状態である場合を均一相という。複数の物質からなる均一相を、温度、圧力、組成などの変化により複数の相に変化することを相分離といい、微粒子や多孔体を製造する上で多用される技術である。
また、ある物質に対して溶解度が高い物質を良溶媒、低い物質を貧溶媒といい、ある物質を溶解した系に、その物質の貧溶媒を添加して溶解度を低下させ、相分離を起こす手法も材料合成では多用される。[参照元へ戻る]
◆溶融混練法
ポリマーを加熱して溶融させた状態で、添加物などを機械的に練り込んで混ぜ、複合化する方法をいう。ナノコンポジットの一般的な製法の一つとして用いられる。[参照元へ戻る]


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