発表・掲載日:2012/05/08

室温で半導体ゲルマニウムに電子スピン情報を入力

-超省電力トランジスタ実現へ道を拓く-

ポイント

  • 次世代半導体材料であるp型ゲルマニウムの中へ室温で電子スピン情報を入力
  • スピントランジスタへの応用に十分な長さのスピン拡散長を室温で確認
  • 超省電力のスピントランジスタ実現へ道を拓き、グリーンIT発展への貢献を期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノスピントロニクス研究センター【研究センター長 湯浅 新治】半導体スピントロニクスチーム 揖場 聡 研究員、Ron Jansen(ロン・ヤンセン)招聘研究員、齋藤 秀和 研究チーム長は、世界で初めて次世代半導体材料のp型ゲルマニウムの中へ、室温で磁性体のスピン情報を入力することに成功した(図1)。

 グリーンITは、クリーンで持続可能な生活環境を守る上での柱となる技術であり、現在、IT機器の省エネルギー化が求められている。このため、スピントロニクスと呼ばれる新技術の導入により、電子デバイスの消費エネルギーの劇的な削減を目指す研究が盛んに行われている。この技術により、磁性体がもつ電子スピン情報(電気を切っても情報は失われない)を半導体中に入力して演算に利用できることが見込まれるため、超省電力のスピントランジスタの実現が期待されている。

 今回の成果は、ゲルマニウムを用いた超省電力トランジスタ(スピントランジスタ)の実現に道を拓くものであり、グリーンITの発展への貢献が期待される。

 なお、本技術の詳細は、2012年5月9日にApplied Physics Express誌のオンライン版に掲載される。

半導体ゲルマニウムへのスピン入力を観測するための素子の模式図
図1 半導体ゲルマニウムへのスピン入力を観測するための素子の模式図
スピン入力のための電極は鉄と酸化マグネシウムから構成される。鉄からゲルマニウムへ電流を流すことによって、ゲルマニウムに鉄のスピン情報が入力される。

開発の社会的背景

 IT機器は待機中も電力を消費しており、省電力化のためにはその削減が必要である。現在のコンピューターの主要半導体メモリーは電源を切ると情報が失われてしまう揮発性メモリーで構成され、待機中も電源を切れない。そのため、電源を切っても情報が失われない不揮発性メモリーで既存メモリーを置き換えることができれば消費電力を大幅に抑制できる。

 トンネル磁気抵抗(TMR)素子を既存の半導体トランジスタと組み合わせるタイプのメモリーデバイスは、実用間近の段階まできている。しかし、このようなハイブリッド的な手法は、素子構造の複雑さや、デバイス性能がTMR素子によって決まるという問題もある。そのため、高速で低消費電力を単一素子で実現できる革新的なスピントランジスタの実現が期待されている。

 p型ゲルマニウムはシリコンの4倍を超えるキャリア移動度をもち、高速動作できる次世代トランジスタ材料として注目されている。したがって、p型ゲルマニウムに磁性体からのスピン情報を効率良く入力できれば、グリーンIT化に向けての大きな推進力となることが期待される。しかし、これまでスピン情報の入力は摂氏マイナス180℃以下の極低温に限られていた。このため、スピントランジスタの実用化を目指すにあたり、室温でスピン入力できる技術が求められている。

研究の経緯

 産総研では、これまでスピン機能を動作原理とする新型素子や不揮発性メモリーデバイスの開発に取り組んできた。例えば、酸化マグネシウムを絶縁層として用いた世界最高性能のTMR素子の開発に成功している(2004年3月2日 産総研プレスリリース)。また、スピントランジスタの基盤技術である磁性体から半導体へのスピン情報入力に関しても、実証実験を行ってきた。

 これまで理論的にはp型ゲルマニウムにおけるスピン緩和時間が室温では極めて短いと予想され、室温でのスピン入力は困難と考えられてきた。しかし、産総研の研究で得られた半導体中のスピン緩和時間の実測値は、理論予測よりも遥かに長く、産総研のもつ強磁性トンネル電極作製技術をもってすれば、p型ゲルマニウムへの室温での電子スピン入力は十分可能と考え、その実証実験に取り組んだ。

 なお、本研究開発は、独立行政法人日本学術振興会「最先端・次世代研究開発支援プログラム(平成22年~25年度)」による支援を受けて行っている。 

研究の内容

 図1に電子スピン入力実験に用いた素子の構造を示す。p型ゲルマニウム基板とスピン情報源である鉄と厚さ約2 ナノメートルの酸化マグネシウムを積層した電極から構成される。この素子に垂直方向に電流を流すことにより、鉄からのスピン情報がゲルマニウム中へ入力される。ゲルマニウム中の電子スピン情報の有無は、ハンル効果と呼ばれる現象を利用して調べた。ハンル効果を観測するためには、磁性体膜(この素子では電極)に対して垂直方向に弱い磁界を印加する。これにより、磁性体膜の磁化の向きを変えずに、ゲルマニウム中に入力された電子スピンの向きを変えることができるが、このとき、電極とゲルマニウム基板間の電圧を減少させるように電子スピンの向きが変化する。図2に室温における測定結果を示す。発生する電圧は印加磁場に対して減少しているが、これがハンル効果に特有の現象である。観測された電圧(ハンル信号)から、室温でのp型ゲルマニウム中のスピン拡散長を見積もったところ、理論的な予想値より数桁長く、スピントランジスタへの応用に必要な長さ(50ナノメートル程度)より十分に長い80ナノメートル以上あることが判明した。これは、p型ゲルマニウムを用いたスピントランジスタの実現が十分に可能であることを示している。

素子電圧の外部磁場に対する応答図
図2 素子電圧の外部磁場に対する応答
赤丸が実験データ、黒線はスピン拡散長を求めるためのフィッテングカーブをそれぞれ示す。
ゲルマニウム中に電子スピン情報が入力されたことを示すハンル効果が確認された。

今後の予定

 次世代半導体材料であるp型ゲルマニウム中へ電子スピン情報を室温で入力できたことは、スピントランジスタの実現に繋がるものであり、将来のグリーンITの発展に大きく貢献できると期待される。今後は、さらに電子スピン入力の高効率化に取り組み、ゲルマニウムを用いたスピントランジスタの実現を目指す。



用語の説明

スピントランジスタの説明図
◆p型

半導体にはn型とp型の2種類がある。n型はマイナスの電荷をもつ電子、p型はプラスの電荷をもつ正孔がそれぞれ電気伝導の担い手(キャリア)となる。[参照元へ戻る]

◆グリーンIT
ITは情報技術(information technology)の略であり、地球環境に配慮した省電力素子やシステムのための技術。[参照元へ戻る]
◆スピントロニクス
固体中の電子の電荷とスピンの両方を利用する工学および研究分野。代表的な素子として、ハードディスク磁気ヘッドや磁気ランダムアクセスメモリーがある。 [参照元へ戻る]
◆スピントランジスタ
電子のもつスピンを演算に利用するトランジスタ。電源を切っても情報を失わないため、コンピューターの超省電力化に大きく貢献できると考えられている。デバイス実現のためには1)強磁性ソース電極から半導体チャネルへのスピン情報入力、2)ゲート電界印加による半導体チャネル内でのスピン操作・演算、3)強磁性ドレイン電極によるスピン操作・演算結果の検出技術を室温で確立する必要がある(下図参照)。[参照元へ戻る]
◆トンネル磁気抵抗(TMR)素子
ナノメートルオーダーの極薄絶縁体の上下を磁性体でサンドイッチした構造をもつ素子。上下の磁性体の磁化の向きが平行の場合と反平行の場合で素子の電気抵抗が大きく変化する。磁気ヘッドや磁気ランダムアクセスメモリーにはこの素子が利用されている。[参照元へ戻る]
◆キャリア移動度
半導体中における電気伝導の担い手であるキャリア(電荷または正孔)の移動速度を表す指数。この値が大きいほど、素子の高速動作が可能になる。[参照元へ戻る]
◆スピン緩和時間
スピン情報が半導体に入力されてから情報を失うまでの時間 [参照元へ戻る]
◆ハンル効果
半導体などの非磁性体中に入力されたスピンの向きが外部から印加された磁界の影響を受けて回転し、電気抵抗などに影響を与える現象。この効果を調べることにより半導体へのスピン入力の有無を判断することができる。[参照元へ戻る]
◆スピン拡散長
物質中において、電子や正孔がスピン情報を保ったまま伝搬可能な距離の目安を与える。スピントランジスタの実現のためには、この長さがトランジスタのソース・ドレイン電極の間隔よりも長いことが必要。[参照元へ戻る]

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