発表・掲載日:2006/08/24

光を使った高性能薄膜の製造技術を確立

-世界最高級の超電導薄膜を低価格で提供可能に-

ポイント

  • 真空環境を必要とするプロセスで作った超電導薄膜は、高性能だが高コストであり、大気中、溶液プロセスで作った超電導薄膜は、低コストだが低性能であるという「常識」を覆す成果
  • 超電導薄膜の重要な性能指標である臨界電流密度は、世界最高級の600万A/cm2を達成し、真空プロセスで作った超電導薄膜と同等以上の性能を実現
  • 真空プロセスに比べ、成膜コストを1/10以下に低減、超電導薄膜に限らず、あらゆる大面積機能性薄膜の高速製造にも適用可能

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)先進製造プロセス研究部門【部門長 三留 秀人】相馬 貢 主任研究員、土屋 哲男 主任研究員らは、株式会社日本製鋼所(以下「日本製鋼所」という)【代表取締役社長 永田 昌久】研究開発本部【本部長 岩舘 忠雄(代表取締役専務)】小柳 邦彦 研究員、海老沢 孝 主任研究員らとの共同研究により、溶液プロセスと光(レーザ光)照射とを融合させて高性能薄膜の低コスト・高速製造技術を確立した。

 太陽電池、ディスプレイ、センサ、キャパシタ等のデバイスには金属酸化物薄膜が多く用いられている。これら機能性薄膜は主に、高コストな真空環境を必要とするプロセスにより製造されている。一方、真空を必要としない溶液プロセスは、大気中で作製可能なため低コスト化が期待できるが、このプロセスで作製した薄膜では、十分な性能が得られていなかった。

 今回、産総研が開発してきた溶液プロセスの1つである塗布熱分解法を用いた酸化物超電導体(YBa2Cu3O7:YBCO)を作製する技術に日本製鋼所のエキシマレーザアニーリング技術を融合させることで特性の改善と製造プロセスの効率化を図ることに成功した(図1)。

 この新しいプロセスにより、成膜速度が従来の溶液プロセスに比べ約5倍に高速化されるとともに超電導薄膜の重要な性能指標である臨界電流密度が世界最高級の600万A/cm2以上に達する(図2)エピタキシャル薄膜の作製に成功した。この値は、真空プロセスで作製した超電導薄膜と同等以上の性能である。本法は、マスクを用いた同時パターニング(図3)や基板を移動させながらの連続成膜により、薄膜デバイスや長尺テープ等の低コスト大量製造に寄与し、真空プロセスに比べ成膜コストを1/10以下に低減できる。本成果は、省エネにつながる電力輸送の低損失化、安全・安心に資する電力系統の安定化、移動体通信の高品質化・高感度化に大きく貢献することが期待されるだけでなく、あらゆる機能性薄膜の高速製造にも適用可能である。

溶液プロセスとレーザ照射を組み合わせた高速成膜プロセスの図

図1 溶液プロセスとレーザ照射を組み合わせた高速成膜プロセス
  レーザ照射による性能向上の図

図2 レーザ照射による性能向上
 

図3 YBCO超電導薄膜。
パターニングされた黒色部のみ超電導性を示す。

YBCO超電導薄膜の写真


研究の背景・経緯

 省エネや安全・安心に貢献する太陽電池、ディスプレイ、センサ、キャパシタなどには、透明導電性、磁性、誘電性、超電導性や光学機能性を示す金属酸化物が多く用いられている。これら金属酸化物からなる機能性材料のデバイス化においては、通常、薄膜化することが必要であるが、さらにこれらをエピタキシャル化することで高特性を引き出すことができ、高効率・革新的なデバイスの創製が期待されている。

 これまで良質のエピタキシャル薄膜の製造は、もっぱら真空環境が必要な気相法により行われてきたが、この方法は高い真空度を必要とするためコスト高となり、特に広い面積や長尺を必要とする応用化には不向きであった。一方、真空を必要としない溶液プロセスは、低コストであるとともに大面積や複雑形状への対応が比較的容易であるが、この方法で作製したエピタキシャル薄膜では、十分な性能が得られていなかった。すなわち、真空プロセスで作製した薄膜は高性能だが高コストであるのに対し、大気中、溶液プロセスで作った薄膜は低コストだが低性能、というのが常識であった。

研究の内容

 これまでに、産総研では、フッ素を含まない溶液を用いた塗布熱分解法の技術を開発してきた。今回、この技術によるYBCO薄膜の作製と日本製鋼所におけるエキシマレーザアニーリング技術(図4)が融合したことで、上記の常識を覆す、大気中、溶液プロセスによる高性能な超電導薄膜の作製プロセスを開発した。すなわち、この新しいプロセス(図1)により、YBCO超電導体(厚さ約100nm)を酸化セリウム(CeO2)中間層付き酸化アルミニウム単結晶基板上に成膜したところ、超電導薄膜の性能を現す重要な指標である臨界電流密度がこれまでの約3倍である最高600万A/cm2以上(液体窒素温度)を示すことが誘導電流法による測定から明らかになった(図2)。この値は、真空プロセスで作製した超電導薄膜と同等以上で世界最高級の超電導特性である。

 こうして得られた低コスト超電導薄膜は、省エネにつながる低損失電力輸送用のテープ線材や、安全・安心に資する電力系統の安定化のための限流器、移動体通信の高品質化・高感度化のためのマイクロ波デバイス等の普及に大きく貢献することが期待される。

 今回の成果が得られた原因としては、従来熱エネルギーのみにより行ってきた熱分解に比べ、塗布後にレーザ照射プロセスを施すことにより、塗布膜中の特定の化学結合が効率的に切断され、複数の金属元素を含む成分が分子レベルで均一に分散した良質な中間体が得られたためと考えられる(図5)。そのため、これら金属成分から超電導薄膜が合成される際の熱処理時間の短縮が可能となり、併せて熱処理プロセスの低温化も期待できる。さらに、この良質な中間体の生成により、部分的な組成ずれがおこりにくくなり不純物の発生が抑止されるため、特性の大幅な向上も達成された。

 このプロセスによる成膜速度は従来の塗布熱分解法の約5倍であり、さらにミラーを使ってレーザ照射面積を拡大するとともに基板を連続的に移動させながら大面積・長尺基板への連続的成膜を行うことも可能である。また、煩雑なリソグラフ法の工程を用いることなく、単純なフォトマスクを用いて成膜と同時にパターニングを行えることも示された(図3)。将来的には製造コストを現状の真空プロセスに比べ1/10以下に低減できる見通しである。本プロセスは超電導薄膜に限らず、あらゆる大面積機能性薄膜の低コスト高速製造に適用可能と考えている。

エキシマレーザアニーリング装置の外観図

図4 エキシマレーザアニーリング装置の外観


レーザ照射効果の模式図

図5 レーザ照射効果の模式図。照射により、複数の金属元素を含む成分が均一に分散した中間体が得られたと考えられる。

今後の予定

 今後、日本製鋼所では超電導薄膜の大面積化・量産化技術の開発を進めるとともにユーザーへのサンプル供試を行う予定である。特に、電力系統の安定化に寄与する限流器への応用や同時パターニングによる移動体通信基地局用のマイクロ波フィルタやアンテナ等をはじめとした応用を念頭に置いている。さらに「素材とメカトロニクス」を標榜する同社では、市場動向も見極めながら、薄膜部材の製造のみならずエキシマレーザアニール技術を応用した薄膜製造装置市場も視野に入れた展開を検討している。


用語の説明

◆塗布熱分解法
金属有機酸塩などを有機溶媒に溶解し、この溶液を基板に塗布した後、これを加熱処理することで有機成分を燃焼除去して成膜する方法、いわば「塗って・焼いて」作る方法である。超電導体を成膜する場合には、構成元素(イットリウム(Y),バリウム(Ba),銅(Cu))を含む金属有機酸塩を用いる。気相プロセスと比べてはるかに低コストな方法であり、かつ大面積化が容易である。[参照元へ戻る]
◆酸化物超電導体
超電導材料は、ある温度以下になると電気抵抗がゼロになる材料。超電導体には液体ヘリウム(-269℃)冷却で超電導状態になる金属系超電導体と、液体窒素(-196℃)冷却で超電導状態となる酸化物超電導体とがある。酸化物超電導体には、イットリウム系(YBa2Cu3O7),ビスマス系(Bi2Sr2Ca2Cu3Oy),タリウム系(Tl2Ba2Ca2Cu3Oy)等様々な物質群があるが、本研究ではイットリウム系(YBa2Cu3O7)を用いた。[参照元へ戻る]
◆エキシマレーザアニーリング
強力なレーザ光を照射すると、熱処理なしに材料の表面のみを改質することができる。エキシマレーザアニーリング装置を用いると、ガラス基板上に作製されたアモルファス(非結晶)シリコン膜はポリ(多結晶)シリコンに改質される。ポリシリコンに改質する事により、性能の優れたTFT(薄膜トランジスタ)を形成する事が可能になる。[参照元へ戻る]
◆臨界電流密度
単位断面積当たりの超電導体に抵抗ゼロで流すことのできる最大の電流値のこと。この値が高いほど抵抗ゼロで大電流を流せることになるため、超電導膜にとって実用上、最も重要な特性である。酸化物超電導体(YBa2Cu3O7)にとっては、液体窒素温度で100万A/cm2という値が高特性の目安となっており、平成12年から16年度に行われた「経済産業省・超電導交流基盤研究」においても100万A/cm2を臨界電流密度の目標に設定された。[参照元へ戻る]
◆エピタキシャル
基板表面の結晶原子配列に従って結晶の向きの揃った単結晶的な薄膜の状態。イットリウム系(YBa2Cu3O7) 酸化物超電導膜において高い臨界電流密度を達成するためには、YBa2Cu3O7をエピタキシャル成長させる必要がある。[参照元へ戻る]
◆誘導電流法
超電導膜の臨界電流密度 Jc を非破壊的に測定する方法の一種であり、膜の直上に小コイルを置いて交流磁界を印加し、それによって誘導される電圧の第3高調波成分を測定する方法。第3高調波誘導電圧 V3 をコイル電流 I0 に対してプロットすると、コイル電流がある敷居値電流 Ith 以上になると V3 が急激に増加するが、Ith は Jc と膜厚の積に比例するため、Ith から Jc が求まる。[参照元へ戻る]
◆限流器
過大な電流が流れたときに超電導膜が瞬間的に 「超電導(Super)状態から常電導(Normal)状態に転移する」ことを利用して、電力系統(基幹系・配電系)における「 落雷等による事故短絡電流 」を瞬時に抑制して、遮断を容易にする電力機器である。すなわち電力の系統連携や分散電源の導入拡大によって電力の自由化が進むにつれ、事故短絡電流の急激な増大が予想されるため、電力系統の安定度向上の観点から、この機器の導入への電力会社からのニーズが極めて高い。本機器の実現のためには高い臨界電流密度を有する大面積超電導膜の開発が期待されている。[参照元へ戻る]
◆中間体
ここでは、出発原料と金属酸化物の中間の状態で各成分が反応や結晶化をおこす前の状態。前駆体(プリカーサ)と同義。[参照元へ戻る]

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