発表・掲載日:2005/01/06

曝露・リスク評価大気拡散モデル(ADMER:アドマー)の英語版と改良版を無償配布開始

-国際化とユーザーからの意見を取り入れた機能強化を実施-

ポイント

  • 英語によるユーザー・インターフェイスとマニュアルを完備
  • 計算、管理及び表示機能を強化
  • 内蔵データを最新にアップデート、利用可能なデータ種類も増加

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)化学物質リスク管理研究センター【センター長 中西 準子】環境暴露モデリングチームの東野 晴行研究チーム長は、化学物質の広域大気濃度分布や曝露人口分布を予測するモデルADMERの英語版と改良版を開発した。平成17年1月6日よりソフトウェア及びユーザーマニュアルの無償配布を開始する。【URL「http://admer.aist-riss.jp/」からダウンロード可能】



ADMERの概略

 ADMER(正式名称:産総研-曝露・リスク評価大気拡散モデル(National Institute of Advanced Industrial Science and Technology - Atmospheric Dispersion Model for Exposure and Risk Assessment:AIST-ADMER ))は、関東地方や近畿地方のような地域スケールでの化学物質濃度の時空間分布の推定を目的としたソフトウェアであり、5×5kmの空間分解能と6つの時間帯でかつ1ヵ月の平均値の推定を実現できる性能を持っている。

 ADMERには、大気中濃度及び沈着量の分布を推定する機能に加えて、グリッド排出量を作成する機能、気象データを集計・補間及び解析する機能、曝露人口分布の計算のように推定濃度を解析する機能などが含まれている。また、計算操作や結果の管理を助けるグラフィック・ユーザーインターフェイスや、発生源、濃度、沈着量分布のマッピング表示、任意の地点での値の抽出など、曝露評価に用いる基本的な機能はほぼ実装されている。

 これらの機能によって、シミュレーションモデルの専門家だけでなく、リスク評価に携わる研究者や評価者、さらに国や自治体などの行政担当者や企業においても広域の時空間濃度分布の推定が可能となった。

 ADMERは、全国対応版であるVer.1.0の公開から1年余りですでに1000人を超える利用者があり、同種のソフトウェアとしては日本で最も普及しているものである。現在、以下に示すような用途で、さまざまな場所で利用されている。

  • 国や地方自治体における環境政策実施の裏付けやリスクコミュニケーションの材料として
  • 教育機関やNGO、企業での環境教育の題材として
  • 企業での自主管理のバックグラウンドデータとして

今回のリリースのポイント

  1. 英語によるユーザーインターフェイスとマニュアルを完備
     これまでは日本語のみの対応であったが、英語によるユーザーインターフェイスが利用可能な英語版(ver.1.5e)を開発した。英語によるユーザーマニュアルについても同時に配布する【図1参照】。今回リリースされる英語版では、モデルの運用に必要である内蔵データ(人口、土地利用、工業統計データ等)の制約上、解析可能地域は日本国内に限定されるが、後述の機能強化とデータアップデートは、英語版にも反映している。
     英語版のリリースにより、ADMERの国際的認知度が高まると同時に、海外や国内外国人のユーザーが大きく増加することが予想され、日本市場への参入のための環境影響調査、日本をケーススタディとした曝露・リスク評価の実施、開発途上国からの環境研修プログラムなどの分野での利用が期待される。

    ADMER英語版のユーザーインタフェイスと主要機能の概略図
    図1 ADMER英語版(ver.1.5e)のユーザーインタフェイスと主要機能の概略

     
  2. 計算、管理及び表示機能を強化
    (1) 排出量データ管理機能の強化
     県別及び市町村別排出量からグリッドに割り振るための指標として、車種別交通量(日本全国を5×5kmグリッドで整備したデータを内蔵)を利用できるようにした【図2参照】。
     また、排出量データ登録機能を追加し、他のPCなどで作成した排出量データも容易に利用できるようにするなどして利便性を増した。

    都道府県別排出量等からグリッドへの割り振り指標として、車種別交通量が利用可能の図
    図2 都道府県別排出量等からグリッドへの割り振り指標として、車種別交通量が利用可能に


    (2) 気象データ管理機能の強化
     気象データ作成を分割して行うことで、メモリの制限を緩和し、より大きな計算範囲の気象データを作成可能とした。また、気象データ登録機能を追加し、他のPCなどで作成した気象データも容易に利用できるようにした。

    (3) 計算機能の強化
     バックグラウンド濃度が全沈着量、湿性沈着量計算に反映されるように計算モデルの変更を行った。それと共に処理プログラムを見直し、拡散計算の省メモリ化及び高速化を実現した。

    (4) 解析機能の強化
     解析機能にヒストグラムに加えて表表示機能を追加した【図3参照】。これにより迅速に計算結果値を確認可能となった。また、CSV出力機能に集団曝露量の出力を追加した。

    グリッド別の排出量や濃度の数値の参照の図
    図3 グリッド別の排出量や濃度の数値の参照が可能に

     以上のように、ユーザーからの意見を取り入れた機能強化を行ったことにより、簡便な操作を保ちつつ評価精度の向上を実現することが可能となった。
     特に、自動車からの排出量分布を推計するには、Ver.1.0では車種別の排出係数を専門的な技術文書から入手して入力する必要があったが、交通量を割り振りに利用できるようにしたことにより、Web上などから容易に入手できるPRTRの集計結果(移動体は県別に集計)を利用して地域分布を推計することが可能となった。このため、ベンゼンなど自動車からの寄与が大きい化学物質のリスク評価が、これまで以上に簡便な手順で高精度に行うことができるようになった。
     
  3. 内蔵データを最新にアップデート、利用可能なデータ種類も増加
    内蔵の気象データと社会統計データを最新のものにアップデートした。更新内容は以下のとおりである。
  • 気象官署データ(気象庁年報から収録)を2002年まで対応可能とした。
  • 工業統計メッシュデータを平成10年版から12年版にアップデートし、これまでも利用可能だった出荷額に加えて事業所数のデータも収録した。
  • 昼間及び夜間人口をこれまでの平成7・8年リンクデータから、平成12・13年リンクデータにアップデートした。

開発の経緯

2002年3月 開発途中ではあったがα版として試験的に公開第1回技術講習会を実施
2002年10月 適用地域を関東地方に限ったβ版(ver.0.8β)を公開
2003年8月 全国の任意の地域で適用可能なver.1.0を公開
2003年10月 第2回技術講習会を実施
2005年1月 英語版(ver.1.5e)と改良版ver.1.5を同時公開

 なお、本モデルの開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構【理事長 牧野 力】からの受託研究「リスク評価、リスク評価手法の開発及び管理対策のリスク削減効果分析」の一環として行われたものである。

今後の予定

 今後は、ADMERの基本グリッド間隔である5×5km以下の濃度分布を推定する機能(サブグリッドモジュール)の開発や、今回リリースした英語版を発展させた日本以外の地域で適応可能な国際版の開発、中国など今後リスク評価が重要となってくる地域での適用を計画している。



用語の説明

◆曝露・リスク評価
呼吸などを通した化学物質の摂取により、人間の健康への悪影響が起こりうる危険性の評価。[参照元へ戻る]
◆沈着
大気中のガスや粒子が地表面に付着して大気から除去されること。風や重力などによる乾性沈着と、降水や霧水の落下の影響による湿性沈着がある。[参照元へ戻る]
◆グリッド
格子。メッシュとも言われる。濃度分布などを離散的に計算する場合の最小単位。ADMERでは5×5kmであり、この解像度で分布が得られる。[参照元へ戻る]
◆曝露人口分布
化学物質に曝される人間の数の空間的分布。例えば環境基準値を超える地域に居住する人数のような情報。[参照元へ戻る]
◆バックグラウンド濃度
特定の発生源の影響はない清浄な地域においても、物質が環境中に存在しうる濃度レベル。[参照元へ戻る]
◆PRTR
Pollutant Release and Transfer Register:環境汚染物質排出移動登録。有害性のある多種多様な化学物質が、どのような発生源から、どれくらい環境中に排出されたか、あるいは廃棄物に含まれて事業所の外に運び出されたかというデータを把握し、集計し、公表する仕組み。1999年7月に「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」いわゆるPRTR法が公布され、2003年3月には第1回目の集計結果が公表された。[参照元へ戻る]


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