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発表・掲載日:2003/06/09

2000万年に1秒と狂わない高精度原子時計を開発

-世界最高水準の原子時計で標準時の進み方を監視-

ポイント

  • 世界中の標準時のおおもととなる協定世界時(UTC)の進み方を監視するための高精度原子時計を開発
  • わが国初の原子泉方式による原子時計、その精度は仏・米・独でしか達成されておらず世界最高水準
  • 2000万年に1秒も狂わない正確さを実現、従来方式に比べて一桁以上向上

概要

原子泉方式一次周波数標準器の写真

原子泉方式一次周波数標準器(JF-1)
 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)計測標準研究部門【部門長 小野 晃】は、高精度原子時計である「原子泉方式一次周波数標準機 (JF-1)」の開発に成功した。従来方式ではセシウム原子を熱してマイクロ波と相互作用させていたのに対し、今回新しく採用された原子泉方式においては、レーザー冷却技術を応用して原子の熱運動を極限まで抑え込んだ状態でマイクロ波と相互作用させている。その結果、相互作用時間を長くすることができるようになり測定の分解能が向上した他、ドップラー効果や相対論的な影響などを軽減して正確さの向上に成功した。正確さは従来方式より一桁以上向上し、秒の定義からの相対的なずれが1.4×10-15以内と、割合的に2000万年に1秒も狂わないものであることが実験により確かめられている。今後この原子時計を使って、国際的な標準時である協定世界時(UTC)の進み方の監視を定期的に行うことで、科学技術の分野における国際社会への貢献を行う。その他、正確な時間周波数源として、基礎研究をはじめとする幅広い分野への応用が期待される。

国際原子時が秒の定義を実現するために必要な一次周波数標準器を開発し運用するよう、国際度量衡委員会(CIPM) が各国の標準研究所に対して勧告してきたが、それを行っている研究所はごく限られていた。

○産総研では日本で最初に原子時計の研究開発を行っており、これまでに4台の一次周波数標準器を開発し、協定世界時の進み方の監視をしてきた。今回、新しい方式である原子泉方式を採用した日本で初めての原子時計「原子泉方式一次周波数標準器 (JF-1)」の開発に成功した。その正確さは従来方式と比べておよそ20倍であり、秒の定義からの相対的なずれは1.4×10-15以下(割合的に2000万年に対して1秒以下)であることが実験により確かめられた。

○従来方式では、オーブンで熱された原子を使ってマイクロ波と相互作用させ、マイクロ波の周波数をセシウム原子の持つ固有の周波数(=秒の定義)に一致するよう制御していた。一方、新しく採用した原子泉方式では、原子をレーザーの放射圧を利用して絶対零度近くまで冷却し、運動量の小さい状態でマイクロ波と相互作用させている。そのため、

1. セシウム原子とマイクロ波の相互作用時間を長くとれる
  →測定の分解能が向上する(より下の桁まで測定できる)
2. ドップラー効果や相対論的影響などを小さくできる
  →値の正確さが向上する(「秒の定義」をより正確に実現できる)

というメリットをもつ。しかしそのためには、原子を捕獲・冷却し、打ち上げるという操作が必要で、超高真空などと併せて高い技術を有することが求められたが、その技術開発に成功した。

原子泉方式一次周波数標準器の構造図

原子泉方式一次周波数標準器(JF-1)の構造図

従来方式と原子泉方式の図

○開発された高精度原子時計「原子泉方式一次周波数標準器 (JF-1)」を運用することにより、国際的な標準時である協定世界時の精度が向上することが期待される。今後、協定世界時の監視を定期的に行うことで、科学技術の面で国際社会に貢献するとともに、衛星を使った測位技術などへ応用するなど、正確な時間周波数源としての利用範囲を拡大していく予定である。


研究の背景

 世界で標準時として使われている協定世界時の進み方を監視するための装置である高精度原子時計「一次周波数標準器」は各国標準機関の努力により精度が向上してきた。特に最近のおよそ10年においては、原子泉方式という新しい方式が提案されて、一次時間周波数研究所 (仏; LPTF) によって最初の一次標準器が開発されたのをきっかけに、同様の方式をもつ一次標準器の開発が各国で行われてきた。しかし、レーザーを使った原子操作など技術課題も多く、現在までにLPTF (現BNM-Syrte)・米国商務省標準技術局 (NIST)・ドイツ物理工学研究所 (PTB) のもののみ運用に至っている。

 また、それらの原子泉方式一次周波数標準器も運用頻度が高くなく、従来方式による一次周波数標準器もまた台数が不足していることから、協定世界時の進み方が秒の定義に一致しているかが正しく検出できないという事態も起きており、国際度量衡委員会 (CIPM) は勧告により、一次周波数標準器を開発するよう各国の研究機関に対して求めていた。

研究の経緯

 産総研は工業技術院時代から通じて、独自に一次周波数標準器を開発して運用を行っており、これまでにNRLM-1~NRLM-4と4台の従来方式による一次周波数標準器を開発・運用してきた。1990年代初頭より、原子のレーザー冷却技術をいち早く時間・周波数標準の分野に導入し、秒の定義の元となるセシウム原子のレーザー冷却・運動制御に関する研究を開始する。

 1998年より科学技術振興調整費にてセシウム原子泉方式一次周波数標準器の開発を始め、2001年までにその実用標準1号器であるJF-1の動作確認を終え、正確さの評価を始める。

 2003年5月、時間・周波数に関する国際会議にてJF-1の正確さの評価を含む性能を報告、近日中にJF-1により協定世界時の進み方を測定し、その値を国際度量衡局 (BIPM) に報告する。

研究の内容

 原子泉方式による一次周波数標準器の運用に不可欠なレーザー冷却技術を応用した原子操作と、それを可能にする超高真空技術を開発した他、レーザー光源やマイクロ波発生装置を制御し、実用標準器として運用を行う際に必要な制御装置のハードウェア・ソフトウェア両面における開発も独自に行った。結果として、絶対零度に近い温度まで原子を冷却し運動を抑制することで、秒の定義であるセシウム原子の遷移周波数(9 192 631 770Hz)に同調させることに成功した。

 このとき、マイクロ波と相互作用する領域内の磁場の様子、また、原子の密度や運動状態などを調べて、一次周波数標準器のもつ正確さ、つまり、マイクロ波の周波数の秒の定義からのずれは1.4×10-15であることが確かめられた。

今後の予定

 国際的な標準時である協定世界時(UTC)の進み方の監視を定期的に行うことで、その高精度化を図り、科学技術の分野における国際社会への貢献を行う。また、正確な時間周波数源として、基礎研究をはじめとする幅広い分野、例えば、衛星を使った測位技術の向上、基礎物理定数の精密測定、相対性理論や量子力学の検証、重力波の検出などに応用が期待される。


用語の説明

◆一次周波数標準器
自己校正機能を持ちそれ自身で定義に基づいた1秒を発生することのできる装置。単純にはセシウムを使った高精度原子時計であるが、運用の際に不可避な秒の定義からのずれの量を見積もり、その不確かさを調べる必要がある。[参照元へ戻る]
◆レーザー冷却
レーザー光が気体原子に吸収されるとき働く力(放射圧)を利用して、気体原子の運動エネルギー、すなわち温度を下げる手法。一次標準器では直交する6方向からセシウム原子にレーザー光を照射することで、その温度を約1µK(100万分の1K)まで冷却する。レーザー冷却により多数の気体原子の運動制御が可能となり、それらを数cmの空間内に捕捉し、打ち上げる技術が実現された。 [参照元へ戻る]
◆秒の定義
1967年に国際度量衡総会(CGPM)において、「セシウム133 原子の基底状態の2 つの超微細準位間の遷移に対応する放射の9 192 631 770 周期の継続時間」と規定されたものが現在の定義。逆の表現の仕方をすると、「セシウム133原子の基底状態の2 つの超微細準位間の遷移によって吸収・放出される電磁波の周波数は9 192 631 770Hzである」と定義したことになる。それまでは地球の自転や公転などで定義されていた。[参照元へ戻る]
◆協定世界時(UTC)
各国の標準時の元になる世界の標準時系。例えば日本の標準時はこの協定世界時に9時間を加えたものである。国際原子時(TAI)とはうるう秒だけの差(2003年6月9日現在:32秒)がある。上記のような調整方法となった協定世界時は1972年1月1日0時よりスタートしたが、そのときの国際原子時との差は10秒であった。[参照元へ戻る]
◆国際原子時(TAI)
世界中の標準研究所などで維持されている原子時計の平均をとり、一次周波数標準器を使って秒の定義に基づく校正を行った時系。1958年1月1日0時において、世界時UT2と原点を一致させてスタートした。現在は地球の運動とは無関係。[参照元へ戻る]
◆国際度量衡委員会 (CIPM)
度量衡に関する問題について、国際度量衡局の業務を監督することなどの業務を行う委員会。[参照元へ戻る]


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