独立行政法人産業技術総合研究所
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 2001年10月17日 発表

■ 体内時計分子機構の解明に成功

< 体内時計分子の24時間核移行メカニズムによる細胞内リズムオーケストレーション >
   −生体リズムを把握したモデル動物を使っての、ヒトなどのストレス・体調不調等治療研究に路を拓く−

ポイント

概要

 生体の体内時計は、地球の回転に関わる1日約24時間の時刻を体で刻む不思議な能力である。この時計は、睡眠、血圧、体温を含む体全体のリズムをコントロールしている。ほ乳類の脳の中には、ごく限られた領域(視交叉上核)に1万6千個もの細胞群があって、体全体のリズムを作る親時計の役目を果たしている。ほ乳類の身体の中には、この親時計に支配された子時計が有り、これらの時計はあたかもオーケストラの指揮者と演奏者のような連携のあるリズムを形成している。このリズムが壊れると精神的にも身体的にも不調をきたす「リズム異常症」が引き起こされ、現在、深刻な社会問題となっている。

 今般、独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】分子細胞工学研究部門【部門長 地神 芳文】は、このような問題解決の糸口にもなる「生物時計の機能分子の改造」に成功し、その手法を確立した。制限酵素という遺伝子を切るはさみでPeriod遺伝子の一部を切り取り、はぎ直して、求める遺伝子を作り、この人工の遺伝子を細胞の中に入れると細胞は特殊な分子を自らの力で作りだす。このような簡単な操作で時計機能を壊すことに成功した。
 今後の「生体リズム異常の問題を解決する」研究を遂行する上で、重要な役割を果たす「生体リズムを改造した」モデル動物を得ることに路を拓いた成果である。

本成果は、Molecular and Cellular Biology誌(October 2001, Volume 21, Issue 19)に掲載された。

研究の背景・経緯

○体内時計とは?

 生物に備わる体内時計は、1日約24時間の時刻を体で推し量る、生まれながらの不思議な能力であり、睡眠・覚醒、血圧、体温を含む体全体のあらゆるホメオスタシスのリズムをコントロールしている。ほ乳類の脳の中には、視交叉上核と呼ばれるごく限られた領域にある16000個の細胞群があり、体全体のリズムを作る親時計となっている。体全体には、親時計に支配された子時計が存在して、それはまるでオーケストラの指揮者と演奏者のような美しいリズムを形成しているのである。このリズムが壊れると精神的にも身体的にも不調をきたす「リズム異常症」が引き起こされ、現在、深刻な社会問題となっている。

○体内時計を調節する分子群

 最近になって、体内時計がリズムを刻むために必要な分子が見つかってきた。リズムは、一つの分子ではなくいくつかの分子の相互作用の結果、形成される。体内時計をコントロールする分子には、PERIOD、CLOCK、BMAL、CRYなどのタンパク質がある。中でも、1日のリズムに合わせて劇的に増減を示すものはPERIODである。『 PERIODタンパク質の合成 ⇒ PERIODによるCRY核内移行 ⇒ 転写抑制 ⇒ PERIOD タンパク質減少 』がほぼ24時間で推移し、これが24時間のリズムを形成する本質と考えられている【図参照】。

図

我々の明らかにしたこと

 我々はPERIOD分子の中に核へ移行するための配列が存在していることを明らかにし、さらにその核移行配列を欠いた変異分子が、CRY の核内移行を阻止することを発見した【図の黄色のスポット部参照】。CRYは細胞質内でPERIOD分子と複合体を形成し、核内へと移行するが、その際PERIOD分子の核移行配列を認識して移行する。そのため核移行配列を失ったPERIOD分子は、自らが核内へ移行できないだけでなく、転写阻害の主役であるCRYの核移行までも阻害してしまうのである。

 核移行配列の削除は、きわめて簡便な分子生物学的手法を用いて行った。制限酵素という遺伝子を切るはさみでPeriod遺伝子の一部を切り取り、はぎ直して、変異型の遺伝子を作る。その人工遺伝子を細胞の中に取り込ませてやるだけで、細胞の中では人工の変異型PERIOD分子が、細胞自らの能力で作りだされる。これだけの簡単な操作で、時計機能を司る重要な分子同士の相互作用を、壊すことができたのである。

今後の研究展開と波及

 生物時計の24時間を作り出す過程において、大変重要なステップの一つである時計制御分子の核移行を阻害する変異分子は、生物時計機能を破壊することができる。つまり、この変異分子を導入した実験動物は、時計機能異常を引き起こす可能性が高く、「リズム異常症」の研究を進める上で有用なモデル動物となることが期待される。
 例えば、「心筋梗塞は明け方」、「突然死は夜」に多いことがわかっているが、そのような疾患の発症時間とリズムとの相関の研究に利用できる。また、なによりもリズム異常により引き起こされる生理異常を、分子レベルで調べていくための基礎研究材料としての市場への期待も大きい。
 その一方で、応用的な用途も大いにある。例えば、「リズム異常症」のモデル動物に様々な物質を投与して、リズム異常の改善がみられるような治療物質の探索が可能になるであろう。また、血圧などの治療も、投薬のタイミングを調節することで、より効率的な投薬をすることが可能である。もちろん、投薬のタイミングで、リズム異常を正常に戻すことも考えられる。さらには、「リズム異常症」の遺伝子治療の試験にも活用できる。このような応用面での展開は、現代病ともいえる「シフトワーク」や「時差ぼけ」、「昼夜逆転による引きこもり」などの社会問題の解決へとつながる可能性を有している。

用語の説明

◆ 生物時計
 生物が生まれつき具えていると想定される時間測定機構。がいじつ概日リズム(生物体に本来具わっている、おおむね1日を単位とする生命現象のリズム。例えば植物の葉の運動、動物の睡眠と覚醒など。サーカディアンリズム。)や光周期性など。体内時計。[戻る]

◆ 時計分子
 生物時計がおおむね1日を推し量っている機構は、複数の遺伝子とその産物であるタンパク質により作りだされていることがわかってきた。そのいくつかのタンパク質を総称して時計分子とよぶ。現在まで、ほ乳類の時計分子として同定されているものには、CLOCK(クロック)、BMAL (ビーマル)、PERIOD (ピリオド)、CRY(クライ)がある。CLOCKとBMALが正の因子、PERIODとCRYが負の因子であり、それらの量的な変動の綱引きで24時間が決まる。【添付図】参照 [戻る]

写真
◆ 視交叉上核(しこうさじょうかく)
 左右の視神経が交叉するところの上部にある神経核。約16000個の神経細胞群からなる。生物時計機構の中枢であり、この部分を破壊すると行動などのサーカディアンリズムが見られなくなる。右図は、ラットの脳の横断面で、□枠の中の染色されたところに見えるのが視交叉上核である。[戻る]

◆ リズム異常症(生体リズム障害)
 生物は、およそ24時間の周期で睡眠覚醒、血圧変化、体温変化など様々な生理現象を示す。そのような周期性が失われた状態を総じてリズム異常症という。正常人よりも早く目覚め、早く眠くなる家族性睡眠相前進症候群などの遺伝的疾患から、社会的要因により引き起こされる夜勤労働や時差ぼけなどまで含まれる。現代では、そのようなリズム異常症が、そううつ病や不登校などの社会問題にまでつながるケースが増加しており、深刻な問題となっている。[戻る]

◆ 制限酵素
 DNAの特定の塩基配列を識別して、その位置で2本鎖を切断する酵素。各種の細菌に含まれ、細菌細胞に侵入するウィルスなどの外来DNAを識別し分解するが、自己のDNAは保護機構により破壊をまぬがれる(これを制限という)。DNAを必要な位置で切断し、塩基配列の解析、組換えDNAの作出など、遺伝子工学に応用。[戻る]

◆ ホメオスタシス
 外的・内的な刺激に対して、生理的な状態をある範囲の安定な状態に保ち、生命を維持する性質。恒常性。体温や血圧を一定に保とうとする性質などもその例。体温や血圧は1日の間で変動するサーカディアンリズムを持つが、この変化も体内時計で調節されている。[戻る]

◆ CRYタンパク質
 時計分子の一つ。青色光受容分子として同定された分子であるが、その後、ほ乳類では光受容分子としてではなく、生物時計を調節する直接の分子であることがわかった。CLOCKとBMALによる転写活性化を強力に阻害する機能を持つ。この分子を欠いたノックアウトマウスは、リズム異常を示す。[戻る]

◆ PERIODタンパク質
 時計分子の一つ。最初、ショウジョウバエの時計分子として同定された。ほ乳類では今までに、3種類のPERIODタンパク質が報告されている。CLOCKとBMALによる転写活性化を阻害する能力を持つが、実際の機能メカニズムはまだ正確には同定されていない。正常なPERIODを持たないノックアウトマウスは、リズム異常を示す。[戻る]

◆ 転写阻害
 遺伝子からタンパク質を作るスイッチをオンにすることを転写活性化、スイッチをオフにすることを転写阻害という。生物時計機構では、時計機構を制御する遺伝子群のスイッチをオンにするのがCLOCK・BMALの複合体、スイッチのオフがCRY・PERIODの複合体であると考えられている。[戻る]

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