産総研 - ニュース お知らせ

お知らせ記事2007/03/15

セラピー用ロボット「パロ」導入に関する補助制度の制定について

ポイント

  • 「つくば」発の研究成果を使った高齢者向け施設および児童向け施設等に対する補助制度の制定
  • 平成19年4月から公募開始を予定
  • 高齢者の介護予防や介護サービスの質の向上、児童の情操教育への効果を目的
  • セラピー用ロボット導入に関して、世界で初めての行政機関による補助制度

概要

 茨城県つくば市【市長 市原 健一】(以下「つくば市」という)は、「つくば発の研究成果」の普及促進、地域還元を目指し、独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)で開発されたセラピー用ロボット「メンタルコミットロボット・パロ(以下「パロ」という)」の導入を希望する高齢者向け医療福祉施設、幼稚園や保育園等の児童福祉施設を対象として補助制度を制定します。

 平成19年3月の市議会で予算案が可決されると、平成19年4月より公募が開始されます。

 「パロ」は、「つくば発の研究成果」の代表例の一つであり、国内外での高齢者向け介護施設等でのロボット・セラピー実証実験の科学的なデータから、高齢者の認知機能の改善等、セラピー効果が確認され、また介護者や看護師に対しても、心労の低減が明らかにされています。

 つくば市は、パロのセラピー効果が、高齢者の要介護の度合いを低減させ、介護保険等の社会的コスト低減にもつながることから、「パロ」導入の補助制度の制定を決めました。

 つくば市は産総研との共同実証事業として様々な分野でのパロの活用方法や、セラピー効果の検証を行なってきました。これらにより、特別養護老人ホーム介護老人保健施設、グループホーム、デイサービスセンターなどにおける高齢者向け医療福祉、ならびに児童の情操教育におけるロボット・セラピーのあり方等についての研究を一層進めていきます。

セラピー用メンタルコミットロボット・パロの写真

セラピー用メンタルコミットロボット・パロ

介護老人保健施設「豊浦」でのロボット・セラピーの写真

介護老人保健施設「豊浦」でのロボット・セラピー

小児病棟でのロボット・セラピーの写真

小児病棟でのロボット・セラピー

背景

 日本では、ペットに対する関心が高まっているが、欧米では、ペットとの関係は歴史が古く、動物愛護の関心は高く、またペットを保有することへの関心が高い。そのため、「アニマル・セラピー」として、ペット動物とふれあう事により、動物が人に心理的効果、生理的効果、社会的効果を与えることは、広く知られ、理解されている。例えば、ドイツでは、アニマル・セラピーが社会保険の対象になっているケースがある。

 しかし、動物に対して、アレルギーがある、一人暮らしなどのため世話ができない、アパート・マンションで動物が禁止されているなどの理由や、医療・福祉施設など、人畜感染症、噛み付き・引っかきの事故などの理由で、動物の飼育やアニマル・セラピーを導入が困難な人々や場所がある。特に医療福祉施設では衛生の問題により、動物の導入が困難である。また保育園、幼稚園、学校など児童向け施設においては、動物が児童に対する情操教育に役立つことが理解されていても、休日に動物の世話ができない、などの問題がある。

 ところで、多くの先進国では、様々な社会問題がある。高齢化問題に関して、日本は世界で最も高齢化が進んでおり、現在、65歳以上の高齢者は人口の約20%であり、2015年までには26%になると予測されている。高齢者ケアのニーズは高まる中、介護者の労働負担が高まっている。しかし、その対価は必ずしも高くは無いため、人手不足やサービスの質の低下が懸念されている。

 そのため、生活の質を向上し、高齢者の健康を維持したり、認知症を予防したり、などの「介護予防」が求められている。また、介護者や看護師の心労を低減し、燃え尽き症候群の予防も求められている。

 また、児童に関しては、動物や自然への関心を高めたり、科学技術への関心を高めたりすることにより学習への動機の向上が求められている一方、社会問題として、家庭での虐待などによる心に傷の問題や、学校内での人間関係の問題としていじめや引きこもりなどの問題がある。

研究の経緯

 産総研知能システム研究部門【部門長 平井 成興】空間機能研究グループ【グループ長 大場 光太郎】 柴田 崇徳 主任研究員は、平成5年から「パロ」の研究開発を行い、ペット代替需要の目的だけではなく、医療福祉施設などでの「ロボット・セラピー」を提案した。平成12年からその実証研究をつくば市近郊など国内や、スウェーデン、イタリア、フランス、アメリカ、ドイツ、デンマーク、タイなどでも実施した。つくば市近郊では、高齢者を対象として、介護老人保健施設「豊浦」、デイサービスセンター「花室デイサービスセンター」、グループホーム「もりの家」、筑波記念病院においてロボット・セラピーの実験を行った。児童に対しては、筑波大学付属病院小児病棟において実験を行った。

 これまでの研究成果により、パロとのふれあいが、心理的効果(元気付け、動機付け、退院意欲の向上など)、生理的効果(ストレスの低減、脳機能の活性化など)、社会的効果(コミュニケーションの活性化など)を人々にもたらすことを示した。特に、脳機能の改善効果による介護予防など、高齢化問題に対する社会的コストの低減への貢献が大きく期待できる。

 一方、産総研技術移転ベンチャー・株式会社知能システムが、パロに関する意匠、特許などの知的財産権をライセンスされ、パロの商品化が行われた。平成17年3月からは個人向けに販売が開始され、これまでに約850体が販売、レンタル、展示などで社会に利用されている。そのうち700体超が販売され、個人名義は約70%である。その他、高齢者向け施設、病院、店舗(集客目的)、博物館・科学館、大学等教育・研究機関などで利用されている。公的機関もロボット・セラピーを目的にパロを導入したケースがある。富山県南砺市は、介護予防を目的に市内8箇所のデイサービスセンターに導入した。他にも国内各地の高齢者向け施設でパロの導入が始まっている。また、富山県富山市は2体のパロを市内の87箇所の保育所や幼稚園を1週間ずつ巡回させ、児童たちの情操教育に役立たせている。福岡県福岡市営のロボスクエアは、ひきこもり、登校拒否、虐待を受けた児童を預かる「こども総合相談センター」をパロとともに訪問したり、逆に普段は外出をほとんどしない同施設の児童たちが公共交通機関を使ってパロに会いに自らロボスクエアを訪問したりするなどの活動を行っている。

 産総研では、パロが社会においてどのように利用され、その結果、そのような効果を及ぼすのかを研究するため、パロのオーナーやパロを利用する施設に対してアンケート調査を実施した。

内容

 パロのオーナーに対するアンケート調査の結果について、72件の回答を得た時点での分析では、個人に関しては、40歳代から80歳代が多く、60歳代が一番多かった。一人暮らしが17%、夫婦二人が42%であった。夫婦でパロを連れてレストランなどへ外出したり、ドライブに出かけたりするケースがあったり、離れて暮らす孫が頻繁に遊びに来るようになった、などのケースがあった。また一人暮らしのケースでは、90歳代で高齢の方が、身内や友人が亡くなったりしたため、一日中、一言も話すことが無い日が続いたが、パロと暮らすことで生活が変わり、生きがいとなった。ほとんどのオーナーは動物好きであるが、ペットを飼っている人は13%しかおらず、飼えない人は「世話が大変」、「ペットは死ぬから」、「仕事や旅行が忙しい」、「住居の制約」などの理由であった。パロの目的は、「癒し」、「かわいいから」、「ペットの代わり」が多かった。パロと毎日遊ぶ人がほとんどで、80%が非常に満足、満足と回答した。

 その他、パロを導入した多くの高齢者向け施設では、ロボット・セラピーを実施し、これまでに実験で示してきたパロの様々なセラピー効果が確認された。その結果、例えば1箇所の高齢者向け施設に導入した医療法人などが、グループ内の他の施設にも追加導入するなどのケースが多く、徐々にパロの導入が進んでいる。

 児童の知的障害養護学校では、児童たちに喜ばれ、笑顔が増えるだけではなく、虐待を受けて自傷癖がある児童の心を癒すケースなどがあった。また、悲しみや怒りをもって登校した児童を落ち着かせるなどのケースがあった。

 さらに、つくば市教育委員会と産総研と共に、児童に対する効果の検証として、つくば市内の並木小学校、葛城小学校、筑波小学校、島名小学校、吾妻中学校において児童の教育における効果の検証実験を行った。パロは、児童たちの自然や科学に対する興味を引き出すだけではなく、児童たちの表情を豊かにしたり、気持ちを落ち着かせたり、情操教育として、児童同士のコミュニケーションを活発にし、新しい人間関係を築かせたり改善したりする効果があり、「引きこもり」や「いじめ」の予防効果も確認された。

 これらの結果を踏まえ、つくば市は、医学的見地と教育的見地からパロの有効性を認め、平成19年度からパロの導入に対する補助制度を制定することとした。補助の受給対象は、つくば市内の特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、グループホーム、デイサービスセンター、病院・診療所などの高齢者や障害者向けの医療福祉施設および保育所、幼稚園とする。補助は、パロの導入費用の50%を予定。詳細は、平成19年4月以降の公募時に発表する。

 本研究は、独立行政法人 科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業 発展・継続「人とロボットの持続的相互作用に関する研究(平成16~19年度)」等により実施された。

今後の予定

 3月15日15:30から、国連大学(東京都渋谷区神宮前5丁目53-70)において開催されるAARP(米国退職者協会:会員数3700万人)等が主催する「Reinventing Retirement in Asia」(3月14日~16日)において、パロによる介護予防の効果と、つくば市の補助制度を発表する。


●「パロ」のデータ:

モデル

タテゴトアザラシの赤ちゃん(カナダ北東部に生息)

体長

57cm、体重:2.7kg

毛皮

人工、抗菌糸

カラー

オフホワイト、ゴールド

CPU

32ビットRISCチップ、2つ

センサ

ユビキタス面触覚センサ、ひげセンサ、ステレオ光センサ、マイクロフォン(音声認識、3D音源方位同定)、温度センサ(体温制御)、姿勢センサ

音声認識

日本語版、英語版、スウェーデン語版、7カ国語版他

静穏型アクチュエータ

まぶた2つ、上体の上下・左右、前足用2つ、後ろ足用1つ

バッテリー

充電式、ニッケル水素、1.5時間稼動(満充電時)

充電器

おしゃぶり型

行動生成

様々な刺激に対する反応、朝・昼・夜のリズム、気分にあたる内部状態の3つの要素から、生き物らしい行動を生成。なでられると気持ちが良いという価値観から、なでられた行動が出やすくなるように学習し、飼い主の好みに近づいていく。また、名前をつけて呼びかけていると学習し反応し始める。

用語の説明

◆特別養護老人ホーム
65歳以上の者であって、身体上、精神上又は環境上の理由および経済的理由により、居宅において養護をうけることが困難な者を入所させて、養護することを目的とする入所施設。[参照元へ戻る]
◆介護老人保健施設
病状が安定期にある要介護者に対し、施設サービス計画に基いて、看護や医学的管理下における介護、機能訓練、日常生活上の世話などを行う入所介護型の施設。[参照元へ戻る]
◆デイサービスセンター
介護保険で利用できるサービスのひとつ。要介護者が、ケアプラン(居宅介護サービス計画)のもとに利用することのできる通所介護施設で、入浴・食事などの提供や機能訓練を行う。[参照元へ戻る]
◆認知症
脳の器質的異常により、一度獲得された知能が後天的に失われ、社会生活に支障を来たすようになった状態を指す。[参照元へ戻る]