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発表・掲載日:2012/02/15

有機トランジスタ内の微結晶粒界を評価する技術を開発

-フレキシブルデバイスの研究開発を加速-

ポイント

  • 有機トランジスタのキャリアー輸送を妨げる微結晶粒界の評価・解析法
  • デバイス内を流れるキャリアーのスピンを探針(プローブ)として利用
  • 軽い・薄い・落としても壊れない近未来情報通信端末機器の実現に貢献

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)フレキシブルエレクトロニクス研究センター【研究センター長 鎌田 俊英】フレキシブル有機半導体チーム【研究チーム長 堀内 佐智雄】 松井 弘之 研究員、同センター 長谷川 達生 副研究センター長らは、株式会社住化分析センター【代表取締役社長 中塚 巌】(以下「住化分析センター」という)等と共同で、多結晶有機トランジスタキャリアー(電子や正孔)の動きを評価・解析する新たな手法を開発した。

 軽量で折り曲げ可能な情報通信端末機器(フレキシブルデバイス)を実現するための基本となる素子として、有機トランジスタの研究開発が世界中で盛んに行われている。今回、有機トランジスタ内を流れるキャリアーが持つ電子スピンを利用して、多数の微結晶からなる有機半導体層内の、微結晶内部と微結晶粒界のキャリアー輸送を分離して評価する手法を開発した。この手法によって、有機トランジスタの性能向上や信頼性向上の指標が得られ、フレキシブルデバイスの研究開発が大きく加速されると期待される。

 なお、この手法の詳細は米国物理学会誌 Physical Review B (Phys. Rev. B 85, 035308 (2012).)に掲載された。

有機トランジスタ内におけるキャリアーの伝導の様子の図
図1 有機トランジスタ内におけるキャリアーの伝導の様子

開発の社会的背景

 近年、有機トランジスタは、軽い・薄い・落としても壊れないという特徴を備えた情報通信端末機器(フレキシブルデバイス)のための基本素子として、世界中で盛んに研究開発が行われている。同時に、有機トランジスタは、印刷法によるデバイス製造(プリンテッドエレクトロニクス技術)を可能にする最有力の素子であることから、フレキシブルデバイスの製造工程の省資源・省エネルギー化にも大きな期待が寄せられている。ここ数年、新材料や印刷法を用いたデバイス製造技術の開発が進むなど、実用化・事業化に向けた研究開発が着実に進展している。

 有機トランジスタの核となる有機半導体層は、通常、数十ナノメートルから数マイクロメートルの広がりを持つ微小な結晶の集まり(多結晶)で構成されている。半導体層内では、キャリアーは微結晶内部の伝導と微結晶粒界の飛び移りを繰り返しながら移動している。このため、有機トランジスタの性能や信頼性を向上するためには、微結晶粒界のポテンシャル障壁を評価・解析することが不可欠である。しかしながら、通常の電気的測定法によって微結晶粒界の評価・解析を行うことは難しく、新たな手法の開発が求められていた。

研究の経緯

 産総研では、有機トランジスタ内のキャリアーの動きを電子スピン共鳴(ESR)法により調べる研究を進めてきた。これまでにキャリアーの運動によりESRスペクトルが尖鋭化する現象を世界で初めて観測するとともに、低温でキャリアーが動かなくなった有機トランジスタのESRスペクトルをもとにキャリアーの動きを妨げる原因を解析する手法を開発している(2010年2月22日「主な研究成果」)。

 産総研は、住化分析センター、山形大学、広島大学と共同で、多結晶層からなる有機トランジスタの新しいESR測定法の開発をさらに進め、今回の成果を得た。

 なお本研究の一部は、独立行政法人 科学技術振興機構の戦略的イノベーション創出推進プログラムの研究開発課題「新しい高性能ポリマー半導体材料と印刷プロセスによるAM-TFTを基盤とするフレキシブルディスプレイの開発」による受託、および総合科学技術会議により制度設計された独立行政法人 日本学術振興会による最先端研究開発支援プログラム「強相関量子科学」の助成を受けて行われた。

研究の内容

 今回用いた有機トランジスタは、プラスチックフィルム等の基板上にゲート構造と有機半導体層を積層して作製した。有機半導体層内では、平板状の微結晶が全て平板面が基板に平行となるように配列している。基板に対して垂直な磁場をかけた場合(図2(左))には、どの微結晶に対しても磁場は同等に(平板面に垂直に)かかるため、温度によらず1つのピークのみからなるESRスペクトルが得られる(図3(a))。一方、基板に対して平行な磁場をかけた場合(図2(右))には、微結晶ごとに磁場の向きが異なる。実際、低温でESRスペクトルを測定すると2つのピークに分裂した形状が得られた(図3(b))。さらに、この分裂したピークは温度が上昇するとともに1つのピークに収束する様子が見られた。この現象は、半導体層内のキャリアーが高温で微結晶間を飛び移れるようになり、微結晶ごとのESRスペクトルが平均化される効果(運動による尖鋭化効果)によって生じたものと考えられる。この温度によるESRスペクトルの変化を詳しく解析することにより、微結晶粒界間のポテンシャル障壁の高さが評価できた。
基板に対して磁場を垂直、および平行に加えた場合の模式図
図2 基板に対して磁場を垂直(左)、および平行(右)に加えた場合の模式図

有機半導体層に対して磁場を(a)垂直および(b)平行な向きにして測定したESRスペクトルの図
図3 有機半導体層に対して磁場を(a)垂直および(b)平行な向きにして測定したESRスペクトル

 運動による尖鋭化効果を示すESRスペクトルの理論解析により、各温度でキャリアーが微結晶内部を移動する頻度(繰り返し周波数)と、微結晶粒界を飛び越えながら移動する頻度を評価した(図4)。その結果、キャリアーが移動する際に必要なエネルギー(活性化エネルギー: EA)は微結晶内部において21 meVと小さいのに対し、微結晶粒界では86 meVと大きく、約4倍の差があることが分かった。これらの活性化エネルギーは、それぞれ微結晶内部に存在する浅いトラップの深さと、微結晶粒界のポテンシャル障壁の高さに対応している(図5)。さらに、これらの結果を有機トランジスタの基本性能である移動度と比較したところ、移動度は微結晶粒界のキャリアーの移動と、ほとんど同じ活性化エネルギーを持つことが分かった。このことから、有機トランジスタの実質的な性能を決定しているのは主に微結晶粒界の部分にあることが明らかとなった。

ESRスペクトル解析によって得られた微結晶内部および微結晶粒界のキャリアー移動頻度の図
図4 ESRスペクトル解析によって得られた微結晶内部および微結晶粒界のキャリアー移動頻度
有機トランジスタの電気的特性から求めた移動度も合わせて示した。 グラフの傾きから、キャリアー移動に要するエネルギーが求まる。

有機半導体層内でキャリアーが輸送される様子の図
図5 有機半導体層内でキャリアーが輸送される様子
微結晶粒界の障壁ポテンシャルがキャリアー輸送の障害となっている。

今後の予定

 本手法を様々な材料や方法を用いて作製した有機デバイスに適用することにより、それぞれの素子で性能を律速している要因を明らかし、これをもとに有機トランジスタの性能を最大限に引き出すための界面制御技術の開発を進めていく計画である。

問い合わせ

独立行政法人 産業技術総合研究所
フレキシブルエレクトロニクス研究センター フレキシブル有機半導体チーム
研究員 松井 弘之 E-mail:松井連絡先

用語の説明

◆単結晶・多結晶
ひとかたまりの固体が全体として単一の結晶から構成されている場合に、これを単結晶という。それに対して、多数の微小な結晶から構成されているものを多結晶という。[参照元に戻る]
◆有機トランジスタ
有機半導体をチャネル部分に用いた電界効果型トランジスタ。代表的な有機半導体として、ペンタセン、ルブレン、C60、チオフェン系ポリマーなどが知られる。印刷技術により電子ペーパーやフレキシブルディスプレーを製造するための基本デバイスとして、今後の研究開発が期待されている。[参照元に戻る]
◆キャリアー
半導体中で電流を運ぶ働きをする荷電粒子。n型半導体では電子が、またp型半導体では電子の抜け穴である正孔がキャリアーとなる。有機トランジスタの多くはp型だが、近年n型の開発も進展している。[参照元に戻る]
◆正孔
半導体中で電子を収容するエネルギー帯(価電子バンド)が完全に満たされていないとき、空席となった状態は正の電荷(+e)を持つ粒子のように振る舞う。これを正孔と呼び、これが優越する半導体をp型半導体という。[参照元に戻る]
◆フレキシブルデバイス
薄さ・軽さ・持ち運びやすさ・柔軟性を兼ね備えた電子機器の総称。ガラスやシリコンなど硬くて脆い材料の代わりに、プラスチックフィルムや有機半導体など柔らかくて軽い材料を用いることで実現される。ディスプレー、センサー、太陽電池などへの応用が期待されている。[参照元に戻る]
◆電子スピン
電子は磁場の中で磁石のような働きをする性質を持ち、これを電子スピンと呼ぶ。電子のスピンには上向きと下向きの2種類があり、例えば磁石では物質内で電子のスピンが同じ向きに揃うことによって磁力が得られる。[参照元に戻る]
◆微結晶粒界
多結晶体において微結晶と微結晶の間にある境界。微結晶粒界では微結晶内部に比べて電気抵抗が高くなることが知られている。[参照元に戻る]
◆プリンテッドエレクトロニクス
文字や写真などの画像を紙の上に再現する印刷技術は、シート上にマイクロメートル(µm)レベルの微細電子回路を描画形成する電子デバイス製造に応用できる技術として注目されている。例えば、真空成膜技術とリソグラフィーを印刷技術で置き換えることにより、ディスプレーなどの大型電子機器製造工程の省エネルギー化・省資源化・生産性向上が期待されている。[参照元に戻る]
◆ポテンシャル障壁
キャリアーが微結晶粒界を横断するときには、微結晶内部にいるときよりも大きなエネルギーが必要となる。これは微結晶粒界がキャリアーにとって安定な状態ではなく、一時的に高いエネルギーを持った状態を経由しなければならないためであり、このエネルギーが高い部分をポテンシャル障壁という。[参照元に戻る]
◆電子スピン共鳴(ESR)法
電子に磁場を加えると上向きスピンと下向きスピンのエネルギーは同じでなくなり、このエネルギー差に相当した電磁波(通常はマイクロ波)を吸収する(磁気共鳴吸収)。この現象を用いて電子の挙動を調べる手法を電子スピン共鳴(Electron Spin Resonance)法という。[参照元に戻る]
◆AM-TFT
アクティブマトリックス薄膜トランジスタ(Active Matrix-Thin Film Transistor)の略称。液晶ディスプレー等を駆動するために用いられるトランジスタ素子を指す。1つの画素に対して1個あるいは複数個のトランジスタ素子が用いられる。[参照元に戻る]
◆ゲート
電界効果トランジスタはゲート、ソース、ドレインという三つの端子を持つデバイスで、ゲート(関門)に電圧をかけて半導体内のキャリアー密度を調節することにより、半導体に接続したソース・ドレイン端子間の電流の流れを制御する。[参照元に戻る]
◆運動による尖鋭化(Motional Narrowing)
原子核スピンなどによって不均一な磁場が形成された物質中を電子が運動すると、電子スピンの受ける磁場が平均化され、それによって電子スピン共鳴スペクトルの線幅が狭くなる現象。線幅だけでなく、大幅な形状変化を伴うこともある。[参照元に戻る]
◆活性化エネルギー
キャリアーの動きを妨げるトラップやポテンシャル障壁が存在するとき、キャリアーが移動するためには、トラップ準位からの離脱や、ポテンシャル障壁を越えるためのエネルギーが必要になる。このときにキャリアーが要するエネルギーを活性化エネルギーという。[参照元に戻る]
◆トラップ
半導体中で原子や分子が規則正しく並んでいるとキャリアーは動きやすく、規則性を乱す欠陥や不純物があるとキャリアーが捕らえられ動きが妨げられる。このような欠陥や不純物をトラップという。[参照元に戻る]
◆移動度
電場によってキャリアーが動くときの、動きやすさを表す物理量。トランジスタでは移動度が高いほど応答速度や電流値を高くすることができるなど性能が高くなる。[参照元に戻る]

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