発表・掲載日:2014/07/01

文部科学省告示の認定宿主ベクター系に産総研開発の系が追加

-ロドコッカス属細菌とその由来ベクターにより新たな用途開発に期待-

ポイント

  • 医薬品原料や組換えタンパク質などの有用物質生産には遺伝子組換え技術が重要
  • 遺伝子組換え実験には文部科学省告示掲載の認定宿主ベクター系は有用
  • 有用物質生産の実用化研究開発やその効率化に産総研開発の系が貢献することに期待


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門【研究部門長 田村 具博】では、ロドコッカス(Rhodococcus)属細菌を用いた宿主ベクター系の研究開発を独自に進めてきた。このたびの遺伝子組換え生物の研究開発時の取り扱いなどに関係する文部科学省の告示*)改正において、新たに認定宿主ベクター系の一つとして、この産総研が開発した系が追加された。本告示は2014年7月1日付けで施行された。

 現在、医薬品原料や組換えタンパク質といった有用物質の生産では遺伝子組換え技術は極めて重要であり、そのための基盤的技術として多様な宿主ベクター系が開発されている。中でも認定宿主ベクター系は、使用実績や科学的知見の集積を踏まえて文部科学大臣が定めるものであり、有用性が高い。今回の宿主ベクター系の追加により、遺伝子組換えロドコッカス属細菌を用いた研究開発時、特に実用化段階での大量培養試験時に、法令の定める拡散防止措置の内容が一定の条件下で簡素化され得る。これにより医薬品原料や組換えタンパク質などの有用物質の実用化研究開発の効率化が期待される。さらにロドコッカス属細菌の利用が促進され、産業界での新たなイノベーション創出につながると期待される。

 *)「研究開発に係る遺伝子組換え生物等の第二種使用等に当たって執るべき拡散防止措置等を定める省令の規定に基づき認定宿主ベクター系等を定める件の一部を改正する告示」(2014年3月26日公示)

ロドコッカス属細菌(Rhodococcus erythropolis)の透過型電子顕微鏡写真
図1 ロドコッカス属細菌(Rhodococcus erythropolis)の透過型電子顕微鏡写真


開発の社会的背景

 遺伝子組換え技術は、インスリンや産業用酵素などの有用物質生産に幅広く導入されており、他の生産方法に比べて経済性や効率の点で優れることが多いため、今後もそのニーズの拡大が予想される。

 遺伝子組換え技術による物質生産には、宿主ベクター系と呼ばれる生産の主体となる微生物などの細胞(宿主)と生産する物質の遺伝子を宿主に導入する媒体(ベクター)のセットが必要で、さまざまな用途に応じたものが開発されている。宿主には、大腸菌や酵母などの微生物が用いられることが多い。これらは技術的経験の蓄積が豊富で、宿主ベクター系のラインアップも多様であるため汎用性・有用性が高く、多くの場合このような宿主ベクター系が用いられる。しかし、低温のようなこれまでとは異なる生育環境で生産できる新しい宿主ベクター系の開発が望まれてきた。

 また、遺伝子組換え生物には法令による厳密な規制があり、生物の多様性に及ぼす影響を考慮して取り扱いや保管には特別の条件(法令上は「拡散防止措置」と呼ばれる)が要求される。認定宿主ベクター系は、使用実績や科学的知見の集積を踏まえて文部科学大臣が定めるもので、拡散防止措置の内容が一定の条件下で簡素化され得るために有用である。

研究の経緯

 産総研では、有用物質の生産など多目的に利用できる新規プラットフォームとして微生物を宿主とした系を開発してきた。ロドコッカス属細菌を利用した宿主ベクター系の研究開発は、2000年に開始され、旧 生物遺伝子資源研究部門遺伝子発現工学研究グループの田村 具博(現 生物プロセス研究部門 研究部門長)、中島 信孝(現 東京工業大学 准教授)、三谷 恭雄(現 生物プロセス研究部門生物資源情報基盤研究グループ 主任研究員)を中心に2012年まで行われ、種々の物質生産に適用してきた。

 これまでに、メルシャン株式会社との共同研究によりこの宿主ベクター系を用いて、ビタミンD水酸化酵素を高効率に生産する系を確立した(2007年8月23日産総研プレス発表)。また、旭化成ファーマ株式会社との共同研究では、ミゾリビンの血中濃度測定に使用できる酵素を開発した(2008年11月20日産総研プレス発表)。

 なお、本研究開発の一部は、文部科学省科学技術振興調整費「国研活性化プログラム(平成12~14年度)」、文部科学省「新世紀重点研究創生プラン」の一環として行われた「タンパク3000プロジェクト(平成14~18年度)」による支援を受けて行った。

研究の内容

 微生物には、染色体とは別の遺伝情報を保持するプラスミドと呼ばれる小型のDNAを持つものがある。プラスミドには、遺伝子工学的手法で比較的容易に他の生物の遺伝子などを組み込めるため、宿主ベクター系の重要な鍵である。産総研では、ロドコッカス属細菌から、異なる複製機構を持つ2種類のプラスミド(pRE2895とpRE8428)を取得し、独自の宿主ベクター系を構築してきた。選択マーカー(抗生剤耐性遺伝子)や外来遺伝子を導入するマルチクローニングサイトをプラスミド上に複数用意することで発現ベクターの構築を容易にし、同一細胞にpRE2895由来とpRE8428由来の2種類のベクターを保持させて複数の宿主外タンパク質の同時生産を可能とした。一方、宿主のロドコッカス属細菌は、汎用宿主に対し細胞壁を分解する目的で使用する卵白などに含まれるリゾチームに強い抵抗性を示すため細胞の破砕が困難であったが、リゾチームに対する抵抗性を低下させた改変株(Rhodococcus erythropolis L-88株)も産総研で独自に開発し、細胞内で生産した組換えタンパク質の回収を容易にした。さらに、ロドコッカス属細菌由来のトランスポゾンを利用したベクター(pTNR)も開発しており、遺伝子破壊による宿主の改変や多種多様な外来遺伝子をゲノムへ挿入することも可能となっている。ロドコッカス属細菌では世界各国の大学や企業などで複数のベクターの開発が進められているが、今回は上記のpRE2895、pRE8428、pTNRに含まれる因子を基本骨格として持つベクターのみが認定宿主ベクター系として追加されている。厳密には、改正後の告示では「Rhodococcus erythropolis又はR. opacusを宿主とし、pRE2895、pRE8428及びpTNRの核酸又はこれらの誘導体をベクターとするもの」が認定宿主ベクター系として追加されている。

 宿主となるロドコッカス属細菌(特にRhodococcus erythropolis)は増殖温度域が広いこと、有機溶媒に対する耐性を持つこと、多様な生物触媒機能を持つこと、さらにはそのゲノムのGC含量が高く生産対象物遺伝子のGC含量が高い場合にも適用できることなどの、他の宿主にみられない特徴を持つ。これらの特徴を活かすことで、既存の汎用宿主ベタクー系では生産が困難なタンパク質の生産に成功している(図2)。他にも、産総研では、国内外の大学・研究機関や民間企業などから多数の依頼を受けて本宿主ベクター系を提供しており、その結果として、着実な利用の拡大と遺伝子組換え微生物としての取り扱いなどに関する技術的経験の蓄積がなされてきたものと考えられる。

ロドコッカス属細菌の特徴と宿主ベクター系の利の図
図2. ロドコッカス属細菌の特徴と宿主ベクター系の利用

 以上のような実績の積み重ねにより、2014年3月26日に官報に公示された「研究開発に係る遺伝子組換え生物等の第二種使用等に当たって執るべき拡散防止措置等を定める省令の規定に基づき認定宿主ベクター系等を定める件の一部を改正する告示」において「認定宿主ベクター系について、市販品として広範に研究開発分野で利用されている宿主およびベクターの組合せに関する使用実績等の知見を踏まえ、新たな組合せ」が追記され、産総研で開発が行われてきたロドコッカス属細菌を用いた宿主ベクター系も含まれることとなった。この告示は、2014年7月1日付けで施行された。

 今回の公示への追加を機会に、遺伝子組換えロドコッカス属細菌を用いた有用物質の実用化に向けた研究開発が効率化され、さらにロドコッカス属細菌の利用が促進されることで、産業界での新たなイノベーション創出が期待される。

今後の予定

 今回の宿主ベクター系の産業利用を加速するため、さらなる生産性の向上や回収コストの低減など改良に向けた研究開発を行う。また、ロドコッカス属細菌の中には、抗菌物質を生産する菌など多様な能力を持つ菌や、難分解性の環境汚染物質に対する分解能をもつ菌などが多数見つかっており、今回の宿主ベクター系を利用した遺伝子組換えにより微生物本来の機能を強化することで、有用物質生産だけではなく環境浄化への用途拡大も目指す。

問い合わせ

独立行政法人 産業技術総合研究所
生物プロセス研究部門
研究部門長 田村 具博  E-mail:t-tamura*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)



用語の説明

◆ロドコッカス属細菌
放線菌であるロドコッカス(Rhodococcus)属に分類される菌で、遺伝子の塩基配列による分子系統学により更に約40種に分類される。その中でRhodococcus erythropolisは、主に土壌から見いだされる菌で、温度4℃~35℃前後までの幅広い温度域で増殖でき、有機溶媒に耐性を示すといった特徴をもつ。物質生産の観点からは、汎用化学品(アクリルアミド)の製造・実用化に世界ではじめて成功した微生物としても知られる。 [参照元へ戻る]
◆宿主ベクター系
生産の場となる微生物などの細胞(宿主)と生産物に対応する遺伝子を宿主に導入するための媒体(ベクター)の組合せのこと。[参照元へ戻る]
◆認定宿主ベクター系
「研究開発等に係る遺伝子組換え生物等の第二種使用等に当たって執るべき拡散防止措置等を定める省令」第二条第十三号において、「特殊な培養条件下以外での生存率が低い宿主と当該宿主以外の生物への伝達性が低いベクターとの組合せであって、文部科学大臣が定めるものをいう」とされる。[参照元へ戻る]
◆拡散防止措置
「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」において、「遺伝子組換え生物等の使用等に当たって、施設等を用いることその他必要な方法により施設等の大気、水又は土壌中に当該遺伝子組換え生物が拡散することを防止するために執る措置をいう」とされる。取り扱う微生物や量などにより求められる措置の内容が異なる。[参照元へ戻る]
◆第二種使用等
「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」において、「施設、設備その他の構造物(以下「施設等」という。)の外の大気、水又は土壌中への遺伝子組換え生物等の拡散を防止する意図をもって行う使用であって、そのことを明示する措置その他主務省令で定める措置を執って行うものをいう」とされる。[参照元へ戻る]
◆ビタミンD水酸化酵素
ビタミンDに水酸基(-OH)を導入する機能をもつタンパク質。[参照元へ戻る]
◆ミゾリビン
免疫抑制剤として、腎移植における拒否反応の抑制・ループス腎炎・慢性関節リウマチの治療などに広く用いられている低分子化合物。[参照元へ戻る]
◆プラスミド
遺伝子の集合体である染色体とは別に存在する比較的小型のDNA(核酸)。環状のものや線状のものが知られ、特にロドコッカス属細菌の持つプラスミドには、環境汚染物質浄化に関与する遺伝子を含むと考えられるものもある。[参照元へ戻る]
◆複製機構
微生物の生命の設計図ともいえる遺伝情報はDNAによって保持される。細胞分裂などにともなってそれらのコピーが作られることを複製という。その仕組みはいくつか異なるものが知られている。[参照元へ戻る]
◆選択マーカー
一般に、見た目で組換え微生物とそうでない微生物を見分けることは不可能であるため、それらを区別して組換え微生物のみを選び出す方法が必要となる。薬剤の添加などで比較的簡単に組換え微生物を見分けられるようにするために付与する形質のこと。薬剤としては抗生物質を用い、組換え微生物にはそれに対する耐性遺伝子を導入することが多い。[参照元へ戻る]
◆マルチクローニングサイト
ベクターに多様な遺伝子の導入を可能にし、汎用性を高める目的で、外来遺伝子導入を容易にするために設けられる部位のこと。一般的には特定の酵素が認識するDNAの並びを複数組み合わせて利用される。[参照元へ戻る]
◆発現ベクター
宿主ベクター系に用いられるベクターのうち、主に組換えタンパク質の生産(発現)に特化したもののこと。他の種類のベクターに比べて生産性向上に有利な工夫がされている。[参照元へ戻る]
◆細胞壁
細菌が外の環境と細胞内の環境を隔てるために持っている構造。ロドコッカス属細菌では、アミノ酸と多糖が複雑に絡み合って網目状構造をもつ層と特徴的な脂質から構成される層の2層の構造により細胞壁が構成される。 [参照元へ戻る]
◆トランスポゾン
DNAのうち、特定の酵素(トランスポゼース)によって別の領域へ転移しうる特定の領域のこと。転移する領域の末端には特定のDNAの並び方がある場合が多く、その並び方をトランスポゼースが認識して元の位置から切り取り、または複製し、他の位置へと挿入する。 [参照元へ戻る]
◆GC含量
染色体など細胞内のDNAに書き込まれた遺伝情報は4つの化合物(A, T, G, C)の並びによって書き込まれており、全DNA中に占めるGとCの占める割合を指す。細菌では種ごとその割合が異なっており、ロドコッカス属細菌では比較的高いことが知られる。 [参照元へ戻る]


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