発表・掲載日:2003/08/26

曝露・リスク評価大気拡散モデルを無償配布開始

-ADMER ver1.0 日本全国版 通称 “東野モデル”-

ポイント

 PRTRデータを活用し,リスク評価,発生源管理に有効であると同時にPRTRデータの検証にも不可欠

  • 日本全国の濃度分布と曝露人口分布を高分解能で推定
      → 時空間分布を考慮した化学物質のリスク評価が進展
      → 発生源のリスクに対する寄与率の推定も可能
  • 5×5km区域毎の排出量分布の作成機能も搭載
      → PRTR制度の排出量データを有効利用
  • 排出量推定値の検証が可能(PRTRデータの検証も可能)
      → 安心して計算結果をリスク評価に用いることが可能
  • 優れたユーザー・インターフェイス
      → 専門的な知識がなくても広域の時空間濃度分布の推定が可能


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という) 化学物質リスク管理研究センター【センター長 中西 準子】は、NEDO(新エネルギー。産業技術開発機構)の財政的支援をうけて、化学物質の広域大気濃度分布や曝露人口分布を予測するモデル(ADMER ver1.0 日本全国版、通称“東野モデル”)を開発した。ソフトウェア及びユーザマニュアルの無償配布を開始した。

 【 平成15年8月26日より、ホームページ「http://admer.aist-riss.jp/」からダウンロード可能 】

 また、10月8日(水)、9日(木)の2日間、本モデル(ADMER日本全国版)とMETI-LIS(経済産業省開発の発生源近傍濃度推計モデル)改良版についての技術講習会を行う。

 ADMER(正式名称:産総研-曝露・リスク評価大気拡散モデル(National Institute of Advanced Industrial Science and Technology - Atmospheric Dispersion Model for Exposure and Risk Assessment : AIST-ADMER ) は、関東地方や近畿地方のような地域スケールでの化学物質濃度の時空間分布の推定を対象としており、5×5kmの空間分解能と6つの時間帯でかつ1カ月の平均値の推定を実現できるものである。 開発責任者は、化学物質リスク管理研究センターの東野晴行である。

 ADMERには、大気中濃度及び沈着量の分布を推定する機能に加えて、グリッド排出量を作成する機能、気象データを加工・解析する機能、曝露人口分布の計算のように推定濃度を解析する機能などが含まれている。また、計算操作や結果の管理を助けるグラフィック・ユーザー・インターフェイスや、発生源、濃度、沈着量分布のマッピング表示、任意の地点での値の抽出など、曝露評価に用いる基本的な機能はほぼ実装されている。

 本モデルを用いることにより、シミュレーションモデルの専門家だけでなく、リスク評価に携わる研究者や評価者、さらに国や自治体などの行政担当者や企業においても広域の時空間濃度分布の推定が可能となり、化学物質のリスク評価、とくに時空間分布を考慮したリスク評価が進展することを期待される。



研究の背景

 化学物質による環境汚染問題が注目されており、その人や環境に対するリスクを定量的に知り管理する方法が求められている。化学物質のリスク管理において、地域の環境中濃度を知ることにより曝露状況を把握することは、最も基礎となる出発点の一つである。環境中濃度を知る最も基本的な方法は、モニタリングを行うことである。しかしながら、評価したい地域の広さや物質種の多さなど、すべての要求をモニタリングのみで満たすには、莫大な費用と労力がかかる。したがって、化学物質のリスク管理において、モデルを用いた評価は必要不可欠な手段であると言える。モデルを活用すれば、新規の物質など観測データの存在しない場合の推定や、将来・過去等の推定、さらには限られた観測データから全体状況の把握なども可能となる。

 化学物質の曝露・リスク評価を行うためにモデルを用いたい人は、国や自治体の行政担当者や企業の環境対策担当者、リスク分析の研究者など様々であるが、これらの人達はたいていの場合数値モデルの専門家ではないので、モデルの操作性や計算結果の見せ方は大変重要なファクタである。このようなユーザーの立場から考えると、モデル構造が理解しやすく、特別な計算機を導入することなく、簡単な操作である程度満足いく結果が得られるモデルが必要である。また、複数物質や複数の条件での計算を簡便にこなすためには、比較的短時間で計算が終了する必要がある。計算結果を数値の羅列ではなく、可視化する機能や簡単な結果分析機能も必要である。

 化学物質の平均的な環境中濃度を推定するモデルや、大気拡散モデルはこれまで欧米を中心に数多く提案されてきているが、濃度分布を推定できるモデルが実際にリスク評価に用いられることはほとんどなかった。なぜなら、時空間分解能、入出力データセットの取り扱いを含めた操作性、実環境での検証といったような曝露評価に必要とされる要素を全て満たすようなモデルがなかったからである。

モデルの概要

 ADMERは、関東地方や近畿地方のような地域スケールでの化学物質濃度の時空間分布の推定を対象としており、5×5kmの空間分解能と、任意の期間(基本は1ヶ月間)で6つの時間帯の平均値の推定を実現する。また、化学物質の曝露評価に必要不可欠な長期平均濃度や曝露人口が誰にでも簡単に推定できるよう、下記に示すような様々な機能や工夫が施されている。


・計算エンジン
 ADMERの心臓部である濃度と沈着量の計算では、階級に区分された気象条件毎に拡散計算を行い、その各気象区分の月単位出現頻度の重み付け平均値として期間平均値(月平均値など)が計算される。ADMERの移流・拡散過程の基本原理は、プリューム・パフという一般的な大気拡散の理論式に基づいている。プリューム・パフ式は発生源近傍での評価でよく用いられる方法で、この場合は高さ方向も考慮されるのが一般的だが、広域での濃度評価を目的としたADMERでは、計算時間の短縮のため高さ方向を均一濃度としている。水平方向には5×5kmグリッド毎での計算を行い、解析領域内のすべての発生源のグリッドから全グリッドへの寄与を計算し、重ね合わせることにより濃度を推定する。

 ADMERは、オーソドックスなスキームを採用しながら、気象データの統計処理や拡散計算過程などを工夫することにより、化学物質の曝露評価で求められる長期平均濃度推定が、特別な計算機を導入することなく比較的短時間で結果が得られる。複数物質や複数の条件での計算をまとめて実行できるバッチ機能も搭載した。

・計算範囲選択機能
ADMERでは、計算範囲を日本のどの地域でも任意に選ぶことができ、対象地域の濃度分布と曝露人口分布を推定できる。ユーザーが都道府県を選択すれば、自動的にエリアが決定される機能も搭載した。

・排出量データ作成機能
 広域での評価に用いるグリッドタイプのモデルにおいて、発生源データは複数の場所の多様なものに関して収集しなければならない。さらに、グリッドへ割り当てや内外挿操作なども必要となる。例えばPRTRデータの公表される形態をみた場合、届出事業所排出量(点源)、届出外排出量(非点源、家庭、小規模事業所、移動発生源等)のすべてが都道府県単位を基本として公表される。このうち届出事業所の排出量については、請求すれば事業所別の排出量も入手可能である。これらをモデルで用いるには、グリッドデータ化する必要がある。これらのデータを自前ですべて用意するのは大変な労力がかかる。しかしながら、これまではこのようなデータを作成してくれるようなツールが利用できるモデルがなかったので、ユーザー自身が作成する必要があった。ADMERにはこの機能が実装されており、発生源データ作成に関わるユーザーの負担が大幅に軽減された。

・気象データ作成機能
 気象データについても発生源データと同様に、ADMERのようなモデルで用いるには内外挿などの前処理が必要である。ADMERでは、アメダス観測年報のCD-ROMと内蔵の気象データから、移流拡散計算用に集計された気象データセットを作成する機能を備えた。ADMERは月別での集計を基本としているが、年間平均や任意の観測期間におけるデータセットを作成することも可能である。作成されたデータセットを確認、解析するために、風配図大気安定度の頻度分布グラフの表示機能も搭載した。

・計算結果解析機能
ADMERには、計算結果を図化、解析する機能が搭載されており、計算結果として、大気中濃度、全沈着量、湿性沈着量の3種類の出力ができる。ADMERでは、これらの分布を頻度グラフもしくは平面図に表示し確認することが可能であり、計算結果を表計算ソフトやデータベースなどに読み込めるファイル(CSV形式)で出力することもできる。また、人口分布のデータを内蔵しているので、濃度レベル別の人口分布の状況や、大気中濃度と人口を合わせて集団曝露量を計算し、頻度グラフや平面図に表示することもできる。これらの機能を用いることにより、例えば、基準濃度以上に曝露される人口がどの程度存在するのか、排出削減が実施された場合に曝露人口がどの程度減るのかなど、曝露・リスク評価の基礎となるデータの取得が簡単な操作で可能である。

ADMER ver.1.0 のインターフェイス画面と主要機能の概略図
(クリックで拡大表示。以下同じ)
図1.ADMER ver.1.0 のインターフェイス画面と主要機能の概略図
関東・関西地方でのモデルの検証結果の図
図2.関東・関西地方でのモデルの検証結果(データ蓄積が豊富なNOxで実施)
PRTRの排出量から濃度(分布)を推計の図
図3.PRTRの排出量から濃度(分布)を推計
濃度分布と曝露人口分布の比較の図
図4.濃度分布と曝露人口分布の比較
PRTRデータの信頼性チェックの図
図5.PRTRデータの信頼性チェック

本モデルのパフォーマンス

 ADMERは、関東及び関西地方の窒素酸化物を対象としたモデルの検証を行い、月平均程度の濃度について十分な現況再現性を持つことが実証されている。二次元モデルであるので発電所のような高所で大容量な発生源の取り扱いには注意が必要であるが、化学物質への適用を考えた場合、発生源高度が比較的低いものが多いと考えられることや高所で大容量な発生源はたいていの場合数が少なく特定できることなどを考え合わせると、ADMERの適用できる範囲はかなり広いと考えられる。

モデルの活用と事例

 PRTR制度の実施により、様々な化学物質の排出量データが入手可能となった。しかしながら、

  1. PRTRで集計されるデータはあくまでも”排出量”のみである。人や環境への曝露濃度を求めるためには、モデルを用いて環境中濃度を計算する必要がある。
  2. 濃度分布だけでは十分なリスク評価ができない。曝露人口を推計する必要がある。
  3. PRTR制度は施行後間もないこと、多種多様な物質を取り扱っていることなどから、推計値が十分信頼できるものばかりとは言い難い。したがって、モニタリングデータが一部でも利用できるものについては、モデルを用いてチェックする必要がある。

 このように現状のPRTRデータだけでは、曝露評価さらにリスク評価に用いるには不十分な点を、ADMERを用いることによりクリアすることが可能となった。

 

 ADMERは、関連するNEDOプロジェクトにおいて、実際のリスク評価作業に使われはじめている。全国版の公開により、行政や企業などさらに様々なところで適用される予定である。

・化審法指定化学物質の評価(経済産業省)
・PRTRデータの信頼性チェック
・地方自治体でのリスク管理、リスクコミュニケーション
・企業での自主管理のバックグラウンドデータとして

開発の経緯

2002年 3月: 開発途中ではあったがα版として試験的に公開。第1回技術講習会を実施。
2002年10月: 適用地域を関東地方に限ったβ版(ver.0.8 β)を公開。
2003年 8月: 全国の任意の地域での適用可能なver.1.0を公開。

 今後は、英語版のリリースや日本以外の地域への適用などを計画している。

 本モデルのグラフィック・ユーザー・インターフェイス部分については、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) 委託のプロジェクト「化学物質のリスク評価及びリスク評価手法の開発」のテーマ「リスク管理、リスク評価手法の開発及び管理対策の削減効果分析」の研究成果である。

問い合わせ

〒305-8569 茨城県つくば市小野川16-1
独立行政法人 産業技術総合研究所 化学物質リスク管理研究センター
E-mail: admer@riskcenter.jp



用語の説明

◆PRTR
Pollutant Release and Transfer Register:環境汚染物質排出移動登録。有害性のある多種多様な化学物質が、どのような発生源から、どれくらい環境中に排出されたか、あるいは廃棄物に含まれて事業所の外に運び出されたかというデータを把握し、集計し、公表する仕組み。1999年7月に「特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律」いわゆるPRTR法が公布され、 2003年3月には第1回目の集計結果が公表された。[参照元に戻る]
◆曝露・リスク評価
呼吸など通した化学物質の摂取により、人間の健康への悪影響が起こりうる危険性の評価。[参照元に戻る]
◆風配図
長期間の全時間、または日中とか季節別など特定の条件を満たす時間の風向出現頻度を中心から各風向方向への線分の長さで表すグラフ。[参照元に戻る]
◆グリッド
格子。メッシュとも言われる。濃度分布などを離散的に計算する場合の最小単位。ADMERでは5 x 5kmであり、この解像度で分布が得られる。[参照元に戻る]
◆プリューム・パフモデル
十分広い空間におかれた点発生源から瞬間的に放出された汚染物質(パフ)は、無風状態では発生源の周囲に同心円上に拡散してゆき、濃度の分布は正規分布となることが知られている。連続的に放出されるような場合はこれの重ね合わせ(積分)となり、風がふいているときには汚染物質は風の方向へ流されて煙流(プリューム)となる。このような基本原理に基づく基礎式で構成された解析解モデルである。[参照元に戻る]
◆大気安定度
大気の上下混合の程度を表す指標であり、安定の場合は乱れが小さく上下混合が小さくなり、不安定の場合は乱れが大きく上下混合が激しくなる。この状態により、大気中に排出された大気汚染物質の清浄空気による希釈や拡散の程度が異なるため、大気汚染の拡散予測シミュレーションや大気汚染現象の解明に必要な要素の一つである。[参照元に戻る]

 

◆沈着
大気中のガスや粒子が地表面に付着して大気から除去されること。風や重力などによる乾性沈着と、降水や霧水の落下の影響による湿性沈着がある。[参照元に戻る]
◆AMeDAS
Automated MEteorological Data Acquisition System アメダス。気象庁の地域気象観測システムの略称。日本全国を高解像(約20km間隔)で網羅しており、風向風速や降水量の観測を無人で毎時行っている。これらの観測結果は、随時配信される他、毎年CD-ROMにもまとめられ販売されている。[参照元に戻る]


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