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近藤淳博士の業績(詳細情報)

 近藤博士は、バンド理論により半導体エレクトロニクスの基礎が既に確立され、物性物理学の長年の謎であった超伝導の機構がバーディーン、クーパー、シュリーファーらの理論により解明され、超伝導エレクトロニクスへの道が開かれ始めた頃に研究活動を開始されました。この頃は超伝導の理論にも触発され、多体問題が本質的な物性物理学の難問に立ち向かおうという機運が盛り上がっていました。近藤博士はとりわけ磁性の関わる未知の問題に挑戦し、1930年代から超伝導と並ぶ難問であり当時謎とされていた希薄磁性合金に見られる抵抗極小現象を見事に解明しました。引き続いて直ちに明らかにした多くの異常特性を含めてこれらの異常が「近藤効果」と呼ばれています。「近藤効果」は磁性合金だけでなく、広範な多体系の基本的な特性であることが分かり、その結果、広い研究領域において多体問題研究の大進展を触発しました。更に現代の研究のフロンティアーにおける多体問題の基本的概念として正に今も重要な役割を果たし、今後とも多体問題の物理の金字塔であり続ける筈です。

1. 近藤効果の発見

 金属の電気抵抗は温度が下がるとともに減少していくのが普通ですが、磁性不純物を含む金属では減少していた抵抗がある温度から逆に上昇します。これが抵抗極小現象です。これは1930年代から長年に渡って物理学における未解決問題でありました。近藤博士は磁性不純物が持つスピンに着目されました。磁性不純物には局在した電子が存在し、この電子はスピンという一種の回転の自由度をもっています。この金属に含まれる局在した磁性スピンと伝導電子とが相互作用すると、電子の散乱確率すなわち電気抵抗は温度が下がると共に温度の対数関数として増大するという、著しく異常な温度依存性をもつことを近藤博士は量子力学の理論により発見されました。格子振動による電気抵抗は温度が下がるとともに減少しますので、局在スピンによる電気抵抗と格子振動による電気抵抗の和が電気抵抗に極小を出現させることを明らかにし、当時謎であった抵抗極小現象を見事に解明しました。同時に、抵抗極小物質が示すことが知られていた異常に大きな熱起電力や、更に後に実験的に検証された帯磁率や比熱の異常を理論的に予言しました。このため現在では抵抗極小現象を始め上記の各種の異常が「近藤効果」と呼ばれています。
 近藤理論は直ちに多方面の理論および実験の研究を触発し、「近藤効果」が単に希薄磁性合金の効果に留まらず、一般の多体問題に共通する最も基本的な性質であることが明らかにされ、物性物理のみならず素粒子物理にまで大きなインパクトを与えました。対数依存性を持つ電気抵抗などの物理量は極低温まで温度を下げていくと発散することになってしまいますが、現実の物質ではこのようなことは起こっていません。近藤理論は対数発散する諸量が絶対零度近くの極低温でどうなるのかという問題を提起し、現在では「近藤問題」と呼ばれています。この「近藤問題」を多数の一流の理論家が新しい強力な理論的方法を開発して研究し、多体系の数々の興味深い物理が発見されてきました。その結果、極低温では伝導電子と磁性スピンの間に量子力学的な束縛状態が形成されて局在スピンが消失することが明らかになりました。磁性不純物に存在した電子スピンが伝導電子と相互作用することにより近藤効果が起こり、本来持っていたはずのスピンが消えてしまうことになります。対数的な異常はその高温側の前駆現象であることが確立されました。これにより金属中における局在スピンの発生機構が明らかになり、広義にはこの磁性スピンが消失する過程の一連の現象が「近藤効果」と呼ばれています。この流れの中で、X線吸収端の赤外発散現象、アンダーソンの直交定理により知られる多体系の微妙な低エネルギー励起特性などが発見されました。また素粒子物理学におけるくりこみ群の方法により、近藤効果において強結合固定点が存在することが示され、グルーオンによるクォークの閉じ込めが近藤効果と同種な現象であることも明らかにされました。すなわち、高エネルギー物理学の非可換ゲージ理論において起こっていることと同様の現象が固体中でも起きているわけです。近藤博士自身は金属中のミュー中間子の拡散係数や非晶質金属の電気抵抗などにもこの異常が現れることを理論的に発見し、フェルミ面をもつ電子系がダイナミカルな自由度をもつ系と相互作用することにより、この異常が低エネルギー励起に対して発散的に応答する結果として極めて一般的に現れる効果であることを明らかにしました。近藤博士は「近藤効果」および上記の諸効果を含めて、「フェルミ面効果」と名付けられました。
 近年盛んに研究されている重い電子系、あるいは高密度近藤系と呼ばれる物質群では、高温側で「近藤効果」が現れ、更に低温では重い電子系になると同時に異方的な超伝導、反強磁性、強磁性、電気多重極秩序状態、など多種多様な興味深い現象を出現させ、現在非常に活発な研究対象となっています。これらの物質においてはバンド理論では理解できない特異な非フェルミ液体と呼ばれる電子状態が実現しており、ここでも「近藤効果」が様々な現象を解明するために不可欠の基本概念となっています。また電子冷却材料の開発にも近藤物質の異常に大きい熱起電力が識者に注目されています。更に驚くべきことには、エレクトロニクスの微細化の最前線である量子ドットの世界の伝導現象も「近藤効果」により理解できることが明らかにされ、「近藤効果」はナノテクノロジー開拓にも必須の基本的概念となっていると同時に、現在でも精力的な研究対象となっています。ナノの世界のデータ伝送にこの効果が利用できる可能性や量子コンピューターにつながる可能性も指摘されています。このように「近藤効果」は新機能材料、ナノテクノロジー開拓にも重要な働きをする基本的概念となっています。
 ISIによると、1980年以降KONDOの名前は約5300の論文で挙げられており、今も高い頻度で言及され続けております。なお抵抗極小の近藤論文は1964年に出版されました。

2. 超交換相互作用の微視的機構の解明

 超交換相互作用とは、マンガン酸化物などの遷移金属の酸化物やハロゲン化物において、真中に挟まれた負イオン(酸素イオン)の媒介により二つの局在した遷移金属上のスピンの間に生じる磁気的な相互作用のことです。遷移金属は酸素原子を間にして離れた位置にありますが、量子力学的には相互作用が働くことが可能です。1930年代から存在が予想され、その発生機構を説明する様々な説が提案されましたが、近藤博士が発見した電子の仮想励起過程による機構が正鵠を得たものであることが明らかになりました。世の中ではこの機構は、アンダーソンの超交換相互作用と呼ばれることがありますが、近藤氏によって最初に正しい答が与えられたことはアンダーソン氏も総説の中で指摘しています。この機構の理論が基礎となり、遷移金属化合物の多彩な磁性現象が解明されました。この超交換相互作用が、銅酸化物高温超伝導体および巨大磁気抵抗のマンガン酸化物などの母物質の磁気的な性質を決めていることが明らかにされ、高温超伝導や巨大磁気抵抗の現象を解明するために不可欠な基本概念となっています。

3.まとめ

 近藤効果と超交換相互作用は共に、世界中の物性物理学の研究者でその名前は知らないものはいないスタンダードな基本的な概念です。これら以外にも近藤博士は異常ホール効果の理論、2バンド超伝導機構の理論、などで評価の高い数々の業績を提出しています。これら一連の業績は、近藤博士が固体電子系の多体問題に関して金字塔をなす基本的な概念を発見し、特に磁性の関わる物性物理学の基礎の建設に傑出した貢献をなしたことを示しています。今後に本格的な展開が期待されるナノテクノロジーおよびスピントロニクスなどにおいても重要な役割を担い始めています。

資料  

1.参考文献

1) J. Kondo: Prog. Theor. Phys. 32, 37-49 (1964), “Resistance Minimum in Dilute Magnetic Alloys”

2) J. Kondo: Solid State Physics (ed. F. Seitz et al., Academic Press, New York, 1969) vol. 23, pp. 183-281, “Theory of Dilute Magnetic Alloys”

3) 近藤淳:金属電子論 (裳華房、1983)。

4) J. Kondo and A. Yoshimori (Eds.): Fermi Surface Effects (Springer Series in Solid-State Sciences 77, Berlin, 1988) 。

5) J. Kondo: Prog. Theor. Phys. 18, 541-551 (1957), “Band Theory of Superexchange Interaction”

6) J. Kondo: Prog. Theor. Phys. 22, 819-829 (1959), “Superexchange Interaction: the Four Electron Model”

7) 近藤淳:固体物理 31, 935 (1996),  “固体物理の歩み 一量子力学の古希にあたって一”

8) GBL: Physics Today July 1976, 17-20, “Kondo methods may work for quarks and gluons too”

9) 朝日新聞記事、2000.7.5夕刊、“低温世界の「近藤効果」に再び脚光  ナノテク進歩で電子回路応用に道”

10) B. G. Levi: Physics Today Jan. 1998, 17-18, “Kondo Physics Seen in a Quantum Dot” [日本語版、パリティ13, 39-41 (1998)]

11) 日経産業新聞記事、2000.7.6、“高い温度で「近藤効果」 偶数個の電子で実現”

12) 酒井治、泉田渉:パリティ13, 80-82 (1998)、“量子ドットにおける近藤効果”

13) D. Goldhaber-Gordon et al.: Nature 391, 156-159 (1998) “Kondo effect in a single-electron transistor”

14) S. Sasaki, S. De Franceschi, J. M. Elzerman, W. G. van der Ziel, M. Eto, S. Tarucha and L. P. Kouwenhoven: Nature 405, 764-767 (2000), “Kondo effect in an integer-spin quantum dot”