独立行政法人産業技術総合研究所
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 レチナール分子1個の動的観察に成功


 最近の分子生物学においては、生体機能の基礎的理解のために、単一分子を直接観察する単分子イメージング技術の需要が急速に高まっています。電子顕微鏡は空間分解能が非常に高いため、単分子レベルの構造観測が可能ですが、生体分子は電子線によるダメージを受けやすいため、これまで単分子レベルでの観察の成功例は多くありませんでした。

 この研究は、視物質の「ロドプシン」というたんぱく質の中で光を感じる部分(光受容体)である「レチナール」という分子を単分子レベルで可視化し、その機能を検証することを目指しました。特にレチナール分子のシス形とトランス形の識別と双方の動的観察は、視覚の第1ステップであるレチナール分子の挙動を理解する上で極めて重要です(図1)。そのためにはレチナール分子を安定化して、単分子で固定化することが必要です。私たちはレチナール分子をフラーレン分子(C60)と結合させ、それをカーボンナノチューブ内部に入れることで、電子顕微鏡により可視化することを試みました。カーボンナノチューブの中に分子を閉じこめ動きを遅くし、かつ、電子線の作用による熱や電荷の発生を抑え、また、隣り合う分子同士の化学反応の可能性をなくすことで、単一分子を直接観察可能と考えました。さらに、この研究では電子顕微鏡の加速電圧を低く保ったままでも空間分解能(電子顕微鏡の解像度)を改善させることができる磁界レンズの球面収差補正技術を導入して、空間分解能を0.21 nmから0.14 nmにまで向上させました。

 まず、レチナール分子がフラーレン分子に結合した物質を合成しました。フラーレン分子はカーボンナノチューブの内側に入りやすい物質として知られており、フラーレン分子にレチナール分子を結合させることで、ともにカーボンナノチューブに取り込まれると考えられたからです。その結果、内包することに成功し、分子構造を電子顕微鏡観察により確認することができました。カーボンナノチューブは熱や電荷を通しやすいため、レチナール分子がカーボンナノチューブに取り込まれることで安定化し、電子顕微鏡観察に耐えられるようになったと考えられます。また、フラーレンの丸い構造は電子顕微鏡で見つけやすく、目的とするレチナール分子を簡単に見分けるマーカーとしても働きました。

 図2はレチナール分子の電子顕微鏡像です。レチナール分子が途中で折れ曲がった「シス形」(左)と、より直線に近い「トランス形」(右)が明確に識別できます。観察中に刻々と構造を変えるレチナール分子の像を得ることにも成功しました。観察された分子構造の時間変化は、ヒトがものを実際に見ているときの網膜の中でのレチナール分子の動きを模倣していると考えられます。本研究の詳細は、Nature Nanotechnology vol. 2, page. 422 (2007)に掲載されました。

図1

図1 網膜内でのレチナール分子の光異性化の模式図(シス形からトランス形への異性化)

 
図2

図2 電子顕微鏡で撮影されたカーボンナノチューブ内のレチナール分子とその模式図。シス形(左)とトランス形(右)が明確に識別できる。丸く見えるのがフラーレン分子。矢印がシス形とトランス形に変わる部分を示している。

ナノカーボン研究センター  劉 崢・末永 和知
ナノテクノロジー研究部門  柳 和宏・片浦 弘道


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