高強度テラヘルツ計測の可能性
光と電波の境界に位置するテラヘルツ(THz)波(周波数領域としては0.1から10 THz、波長領域としては、3 mmから30 µm)は、これまで発生させるのが困難であり、あまり利用されることがなく未踏領域と呼ばれてきました。近年、フェムト秒レーザー技術の発展により、ようやくレーザーベースのテラヘルツ光源が市販されるようになりました。しかし、その出力は微弱であり、限られた実験室環境やサンプル条件における計測分析にのみ使用可能でした。その場観察や実環境測定では、テラヘルツ波が空気中の水分に強く吸収されることなどから、実用化は困難とされてきました。そこで産総研では、小型加速器からのキロアンペア級の超短パルス電子ビームを用いて高強度テラヘルツ波を発生させ、実環境測定ができるイメージングや分光といった先端計測分析技術の研究開発を進めています。
X線で見えないものをテラヘルツ波で見る
テラヘルツ波は、光のように直進性と集光性をもち、電波のように紙や布、陶器などを透過するため、X線に代わる透視イメージング手法の一つとして注目されています。同時に、多くの物質がもつテラヘルツ領域での分子の振動や回転準位に起因する特徴的な吸収スペクトル(指紋スペクトル)を調べることで、物質の同定が可能となります。このような特徴から、空港や郵便物における禁止薬物や爆発物の検査などのセキュリティー応用が期待されています。図(左)は封筒内部に隠蔽(いんぺい)された模擬爆薬(ニトロ基位置の異なる3種類のジニトロトルエン異性体)の透視イメージングです[1]。3種類の模擬爆薬は、組成式が同じためX線検査では区別がつきません。一方、テラヘルツ波を使うと、ニトロ基の位置が異なるため透視識別することが可能です。また、X線検査は水のような軽元素分子に対する感度が悪いという欠点がありますが、テラヘルツ波では、図(右)の植物を観察した例のように、水分子分布の経時変化をイメージングして鮮度の測定ができます[2]。
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封筒内部の検査(左)と植物の鮮度測定(右) |
高強度テラヘルツ波利用の展開
テラヘルツ波分野では、イメージング技術とともに分光技術も発展してきました。すでに市販の時間領域分光装置が実験室レベルで普及していますが、それに代わるものとして、実環境で測定可能な高強度テラヘルツ波を初めて用いた分光計測技術の開発を進めています。この手法では、単なる物質の同定だけでなく、物質の複素屈折率、複素誘電率、複素伝導率などを非接触非破壊で求めることができ、その応用の可能性は多岐にわたります。例えば材料分野では、太陽電池や有機EL、メタマテリアルといった新材料開発、ライフサイエンス分野では、皮膚がんや乳がんなどの検査や病理診断への応用、産業応用では生産ラインにおける集積回路の欠陥検査など、さまざまな展開が期待されています。
計測フロンティア研究部門
光・量子イメージング技術研究グループ
黒田 隆之助(くろだ りゅうのすけ)

