[1] 吉川 弘之:本格研究, 東京大学出版会 (2009).
メッセージ |
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本格研究のプラットフォームとしての産総研 |
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はじめに産総研は、環境・エネルギーから地質までの6分野を研究展開しています。その多岐にわたる研究開発を特徴づける手法として産総研が掲げているのが、「本格研究」です。この言葉が本誌で最初に使われたのは2002年の年頭所感ですから、まさに産総研とともに歴史を刻み、産総研を"総括"してきた言葉と言えます。 本稿では、その考え方を再度整理してみたいと思います。 本格研究とは「本格研究」の厳密な定義は、産総研が出版している学術誌Synthesiologyの発刊の趣旨や他の本[1]に譲りますが、私はそれを、"新しい知識の創出から社会的価値を生み出すための研究方法"と捉(とら)えています。こう書くと、昨年閣議決定された第4期科学技術基本計画の中の、次の記述との類似性に気づかれる方も多いと思います。それは科学技術イノベーションを定義した、「科学的な発見や発明等による新たな知識を基にした知的・文化的価値の創造と、それらの知識を発展させて経済的、社会的・公共的価値の創造に結びつける革新」です。 つまり「本格研究」とは、科学技術イノベーションを志向した研究方法で、1999年の世界科学会議(ブダペスト)において21世紀型の研究開発の目的として示された、「社会の中の科学、社会のための科学」を推進するための研究方法と言えます。 産総研の取り組み−展開方針− 産総研として次に問われるのが、研究資源からみた「本格研究」の展開方針です。その回答は、"技術シーズを社会ニーズに橋渡し(ブリッジ)させるためのシナリオを構築した上で、ボトルネックの克服に向けた技術開発に研究資源を集中する"となるものと考えています。 もちろん社会ニーズの設定の仕方で、構築するシナリオおよび研究資源の投入対象は大きく変わります。例えば、持続的成長という将来にわたる社会ニーズに応える上では、革新性の高い要素技術開発への研究資源投入が大きく位置づけられる場合もあります。一方、震災からの復興・復旧など喫緊の社会ニーズに応える上では、既存の技術要素群を組み合わせ、その接続性を高める研究開発シナリオが、要求されるスピード感を満足することも想定されます。 いずれにしても、時代の先を読む創造性とともに、最先端の技術情報を集約し必要な要素を組み合わせる解析・統合(構成)力が、シナリオ構築と実施の上で不可欠です。これらは産総研単独でできるものではありません。そこで産総研は、国内外の関係者が知の集積を図る「本格研究」の場として作用する、オープンイノベーションハブ機能の発揮を目指しています。 −具体例− 産総研は、炭素系材料についてわが国の研究開発をリードしてきました。ボーイング社の最新鋭機にはわが国で開発された炭素繊維材料が採用されていますが、これも産総研の前身の一つである大阪工業技術研究所で行われた研究を企業が発展させ結実したものと言えます。その伝統を引き継ぎ、産総研では単層カーボンナノチューブ(CNT)の研究開発に注力しています。 単層CNTの「本格研究」で重点的な研究投資の対象としたのは、主として次の課題です。すなわち、@供給律速というボトルネックの克服:素材価格が高く利用技術開発が進まない現状を、単層CNTの大量合成技術開発で打破する。A社会的受容というボトルネックの克服:単層CNTを含む新規工業ナノ材料への潜在的な懸念に対して、科学的な手法に基づき、生体・(作業)環境安全性を客観的に評価する。 @に関しては、高品質な単層CNTを大量に作製できる合成法を発見・確立し、ボトルネック克服の端緒を開きました。現在は、日量600グラムの単層CNTが生産できる設備を整備し、試料提供を進めています。さらに当該設備を核として、産総研に結集いただいた産業界の方々と一体となって、新たな応用に向けた展開を進めています。まさにオープンイノベーションハブ機能の発揮が実現しました。 Aに関しては、経済協力開発機構で工業用ナノ材料のリスク問題が議論されるに際して、単層、多層のCNTとフラーレンという3素材について、世界のリーダーシップを発揮する位置づけを獲得しました。アカデミア、産業界の方々と一体となって研究を進め、2011年には上記3物質の詳細リスク評価書を発刊することができました。世界的にも高い関心と評価を集めていることは皆さまのご記憶に新しいことと思います。 ―次のボトルネック― 「本格研究」の展開においては、ボトルネックの克服に向けた技術開発の進展に応じて、シナリオを再構築するダイナミズムが求められます。単層CNTを対象とした次のボトルネックにはさまざまな課題が考えられます。その一つとして考慮すべきは、予防原則の立場に立つ欧州を中心にした新しい動きです。例えばフランスでは、一定量以上のナノ物質を扱う場合には、その量と使用目的の届け出が求められることになりました(2013年1月から実施)。単層CNTもその対象に含まれています。 さらに欧州委員会は、傘下の標準化機関(CENなど)に指令を出し、ISOなどの国際標準化機関と協力して、ナノ材料の物理化学的特性評価に向けた国際標準を整備することを求めています。産総研は、ISOにナノテクノロジーの専門委員会(TC229)が設立されると同時に、国内・国際的なリーダーシップを発揮してきましたが、さらなる加速が必要です。イノベーションハブ機能の発揮の観点から、産業界と一体となって推進したいと考えています。 ところで、ナノ物質の量を届け出るためには、そのサイズ分布などさらに精緻(せいち)な情報取得が不可欠です。加えて物理化学的特性評価を行うことも踏まえると、新たな計測・分析技術が必要となります。本号の特集記事は、その観点も踏まえた産総研の取り組み事例です。 ―標準化・認証への対応― 上述の欧州委員会の指令では、約3年後をめどにナノ材料の物理化学的特性評価に向けた国際標準を整備することが求められています。その段階で、さらに厳しい規制などが課せられる懸念もあります。この事例が示すように、これまでの製品性能が良ければ売れるという時代から、安全性にかかわる評価を並行して準備しないと製品が市場展開できない時代に移行しつつあります。 最近、海外の認証機関がアジア地域においても積極的なビジネス展開を図り、売上高を急増させています。認証事業の目的の一つに、新技術の社会的受容の促進が位置づけられていることを踏まえると、その動向にも安全性が大きく関与していると考えられます。産総研のような公的研究機関が、わが国の認証機関が十分に対応できていない、先導的なリスク(安全性)の評価とパイロット的な認証に取り組む必要性が高まっています。 研究開発と標準化の一体的推進は、第4期の科学技術基本計画においても、知的財産戦略の一環として大きく位置づけられました。産総研は、科学的知見に基づく国際標準の作成に取り組み、同時に国際議長・幹事など指導的人材の輩出に努めてきましたが、「本格研究」の観点から、今後も引き続き注力していく考えです。 |
参考文献
[1] 吉川 弘之:本格研究, 東京大学出版会 (2009). |