RNA合成酵素の役割
RNAウイルスのゲノムの宿主内における複製や転写のプロセスの大部分では、宿主由来のタンパク質を必要としますが、複製・転写の際のRNA合成はウイルス自身がもつRNA合成酵素がその触媒活性を担っています。ウイルス由来のRNA合成酵素と宿主の翻訳因子との複合体形成やRNAウイルスのゲノムの複製・転写に宿主翻訳因子が果たす役割を分子レベルで解明することは、新たな抗ウイルス剤の開発の基盤につながると期待されています。
複製酵素複合体の生化学機能解析
1970年代の初頭に、翻訳因子EF-Tu、EF-Ts*が、大腸菌に感染するQβウイルスのQβ複製酵素複合体に不可欠なサブユニットであることが報告されました。Qβウイルスは、1本鎖RNAをゲノムとしてもつウイルスで、Qβ複製酵素複合体によってそのRNAゲノムの複製・転写を行います。Qβ複製酵素複合体はウイルス由来のRNA合成酵素であるβサブユニット、宿主由来の翻訳因子EF-Tu、EF-Tsとリボソームタンパク質S1から構成されています。この研究では、βサブユニット、宿主由来の翻訳因子EF-Tu、EF-Ts からなる3者複合体がRNA合成を開始し、RNA鎖が伸長していく過程の複数の構造について、X線結晶構造解析と構造に基づいた生化学機能解析を行いました。
その結果、ウイルスのRNA合成酵素と複合体を形成する宿主由来の翻訳因子は、RNA合成伸長過程において、鋳型RNAと合成されたRNAの2重鎖をほどき、効率よくRNAが伸長するのを補助するとともに、鋳型RNAの出口トンネルをRNA合成酵素と共に形成して、RNAウイルスのゲノムの転写・複製が完了するまで、鋳型RNAが複合体から解離してしまうのを防ぐ役割もあることがわかりました(図)。
今回の研究から明らかになった、翻訳因子にRNA合成や伸長を促進する役割があるという事実は、RNAゲノムからなる太古生命体では、翻訳因子は元来、RNAゲノムの複製や転写を促進する補因子としての役割を担っており、その後出現した現在のタンパク質合成システムが、このRNA合成補因子を翻訳因子として取り込んだ可能性を示していると考えられます。
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図 RNA伸長過程のQβウイルスRNA合成酵素複合体の構造 9ヌクレオチド(左)、10ヌクレオチド(中央)、14ヌクレオチド(右)の長さのRNAが合成された状態 |
今後の予定
ウイルスのRNA 合成酵素の中には、翻訳因子以外のタンパク質合成にかかわる宿主由来の因子と複合体を形成するものがあることも知られています。今後は、これらの因子のRNA 合成における機能を解明していきます。また、生命が進化する過程でRNA の機能がタンパク質へ置き替わる遷移の分子機構、分子進化、RNA 合成システム、タンパク質合成システムの進化、起源を明らかにしていきます。

富田 耕造 とみた こうぞう